一人歩き and 希望の光
話は一〇数分前に遡る。
夜の闇に沈んだ公園を、夕凪は数分前の出来事を思い返しながら歩いていた。
あの後、夕凪は黒づくめの捜索を再開したが、数一〇分経っても、その姿はおろか気配すらも見つけられなかった。
夜の闇も深まっていくのを感じ、これ以上は時間の浪費と考えた夕凪は、その後、どことなく敗北感のようなものを感じて肩を落としつつ、鞄を持って帰路に着くことにしたのである。
公園の出入り口付近に来たところで、夕凪は思考を巡らす。思えば、さきほどの内容は補習で疲れた自分の頭が作り出した妄想なのかもしれない、と。
不審者に話しかけられ、その不審者から謎のアイテムを受け取り、挙句その不審者は一瞬で消えてしまうなんてこと、まさしく夢か作り話のような内容だと。
そう言ってしまえばそう思えなくもなかったが、彼女の手にはその不審者から手渡されたアイテム――例のディスクケースがあり、それが数分前の会話の一部始終が偽物ではなかったことを物語っていた。
「パソコンで起動可能って、言ってたよな……」
夕凪は黒づくめの言った言葉を反芻しながら、手元のディスクケースを見た。透明なプラスチックの板越しに見えるディスクは、表面に『課題:1』と書かれている以外は、何の変哲もないただのディスクにしか見えなかった。
「『課題』ってワード聞くと、何か体が拒否反応のようなものを示すんだよなぁ…………、ん?」
そう呟いてディスクを街灯にかざして見上げる夕凪は、ふと、街灯の真下に来たところで足を止めた。
別に誰かからの視線を感じて身構えたわけではなく、かといって人口の灯りが恋しくなって狙って止まったわけでもない。脳裏をよぎったとある思考が夕凪を立ち止まらせ、その立ち止まった地点がたまたま街灯の真下だっただけだが、そんなことは夕凪にとって些末な問題であった。
「…………パソコン?」
ポツリ、と口から出た単語を自分の耳に再収納し、脳で再処理をかけて認識した後、夕凪は少し感覚を空けて、思い出したように呟いた。
「ウチ、パソコンないじゃん……」
カアッと。
どこかで、夕方の内に山に帰れなかったカラスが鳴いた。
夕凪の手元からディスクケースが離れ、重力に引かれてアスファルトの地面に落ちた。ついで、ガクッと夕凪は足元の地面の上に膝をつき、両手をつけて項垂れ、完全に落ち込み体勢に入る。街灯の灯りの下でやってるので、漂っている哀愁の度合いは半端ではなかった。
情報化社会である現在、パソコンの普及は僅か数年で飛躍的に上昇しており、今では持っていない家庭を見つけるほうが難しい時代だ。
燈村家はその少数派、つまりパソコンを持っていない家庭に属している。
自分の家と他の家との文明レベルの違いに今更気づいた夕凪は、その現実にその場で自沈したのであった。
「どうすんだよ、これ……」
力無く呟きながら、地面に落ちたディスクを見つめる。落下の衝撃は結構なものであったはずだが、ディスクケースは傷一つ無く、また中身を飛び出させることもなく地面に落ちていた。見る人が見れば、そのケースの耐衝撃性能に度肝を抜かれただろうが、夕凪の瞳には、その中身を自分では見ることができないという冷たい現実としてしか映らなかった。
夕凪は上体を起こすと、ディスクケースを拾い上げ、再び表面を見直す。黒づくめが言った言葉が、脳裏をよぎった。
『それは、君のような子どもが求めるものを得るためにクリアすべき課題だ』
「って、開けないんじゃ、クリアも何もないだろ……」
言って、夕凪は空を仰いだ。
遠い夜空では月が淡く輝き、小さな星々がチラチラと光っているのが見えた。それらは、まるで夕凪を慰めようとしている儚い希望に見えた。
それは本当のところ、思い込みに過ぎないのだが。
少し気持ちを持ち直し、視線をやや落とすと、住宅街の中で一軒だけ、灯りの入った看板を掲げている店が見えた。自宅兼用の小さな八百屋の灯りだ。
「…………、ああ」
知らずの内に、夕凪は声を漏らしていた。
理由は簡単だった。
目の前のそれは、まさしく夕凪の希望の光だったのだ。




