回帰 and 事件
人名について
・八雲海璃
・峰木蚕
・不破竜
『四年前の夏、この町で謎の連続失踪事件が起こった。
それは七月二三日の夕方五時。当時小学六年生であった八雲海璃少年が消えたことから始まった。
彼の友人の話によると、鬼ごっこをしていた彼らは五時に鐘が鳴ると集合場所にしている東屋に一旦集まった。そこで、友人の一人が海璃少年のいないことに気づいたのだ。
その後、いくら待っても姿を現さない海璃少年を、友人たちは手分けして探すことにしたが一向に見つからない。夏場の高い日がついに傾き始め、不安を感じた彼らは家に帰り、このことを親に報告した。
事情を飲み込んだ大人たちの一人が八雲家に連絡したが、海璃少年は帰宅しておらず、不安に駆られた母親は警察に連絡。警官隊の他、近所の住民三〇数名による山狩り同様の捜索活動が公園とその周囲で行われた。
しかし、三日間かけて一帯を調べまわるも、海璃少年はおろか、その痕跡すら見つけられなかったという。
警察は『迷子の捜索』を打ち切り、海璃少年の失踪事件を誘拐事件に切り替えて本格的に捜査を開始するが、一向に手がかりが掴めずにいた』
『それから三ヶ月後、二つ目の事件が起こる。
失踪したのは峰木蚕。当時中学一年生の女子であった。
現場は海璃少年が失踪した例の公園から数百メートル離れた大通り。そこに建っていた花屋の店先である。
目撃者である花屋の店員の証言によると、夕方の五時過ぎに店内の品物を整理していたところ、一人の少女が店の外の花を見て回っていたのを見たそうだ。その少女の名が、峰木蚕である。学校帰りによく店の前に来ては店員に話しかけてきたり、稀に花を買っていく彼女の姿を知っていた店員は、いつものことだと思い、さして気にすることも無く作業をしていた。
一〇数分かけて店内の整理を終え、ふと店先に視線を移すと、蚕が黒い服を着た男と会話をしているのが見えた。
最初、店員は男が彼女の知り合いか何かだと思っていたのだが、蚕が男に向ける視線に親しさを感じさせるものが一切無いことに気づき、怪訝に思った。男が誰なのか、蚕に訊ねようと思った店員は、そこで足を踏み出した拍子に爪先を近くの商品棚にぶつけてしまい、植木鉢を一つ、床に落としてしまった。砕けて撒き散らされた土と植木鉢の破片を見て頭を抱える店員が、もう一度、店先の方を見ると、次は目を疑うこととなった。
数瞬前までいたはずの蚕と男が忽然と姿を消しており、彼らの居たところには近くの中学校指定の鞄が一つ、ポツンと転がっていただけだったのだ。
すぐさま大通りに飛び出して辺りを見回したが、蚕や男はおろか、人影一つ無い状態だったそうだ。
その後、店員は警察に通報し、事のあらましを説明。次に峰木家に連絡すると、彼女はまだ帰宅していないという。
蚕の身辺や私物には手がかりとなりそうなものが無く、警察は一緒にいた男が怪しいと見て、誘拐事件として捜査を開始。しかし、不可解な点があまりにも多かった上に、峰木蚕の近親者から聞いたとある情報により、捜査は僅か数日で中断された』
『現在、この二人の少年少女の失踪事件は、多くの未解決事件の山に埋もれている・・・・・・』
「だからなんだ」
パソコンのディスプレイに映っている文章を一通り読んだ彼は、溜息を吐いてそう愚痴った。
切れ長の目に、頭に巻いたタオルからはみ出て肩まで伸びている長い黒髪。一八〇センチ以上の長身に加えて、スポーツマンらしい筋肉質の身体。
妙な威圧感を周囲に与えている容姿の持ち主の名は不破竜という。
彼が見ているのは、地元のローカル記事の一面を飾った事件・事故をピックアップして個人的に要約し、感想を募っているブログの記事だった。そこには、ブログの開設者自身の見解のほかに、このブログを見た者の書置きも投稿されている。
それらを一読した竜は、画面を操作してメールボックスを開き、とある受信メールを引き出した。その文面は「ドラゴンへ 面白い記事見っけたから送るよん♪ byユーリ」というもので、文章の下には、先ほど竜が閲覧していたブログのアドレスが書かれていた。
「悠里のヤツ。俺が『こういう方面』に関心の無いことは知っているだろうに」
そう溜息混じりに呟きながら、彼は悠里への返信メールを打ち始める。
と、その時、
「邪魔するぞー」
聞き慣れた声と同時に部屋の襖がスライドする音が聞こえた。
竜はキーボードの上で踊らせようとしていた指を一旦硬直させ、深い溜息を吐いた後、首を回して音源を見た。
闖入者は、自分に注がれている視線に気づくと、部屋の隅にあるベッドの上に座って片手を挙げながら、
「邪魔するぞ、リュウ」
「トオル、だ。夕凪」
訂正する竜に、ベッドの上にあった漫画雑誌に手を伸ばしていた夕凪は「うんうん」と頷きながら、
「でもさ、なんかリュウの方がカッコいいじゃん」
「格好良さで改名を余儀なくされるのは我慢ならんな」
「じゃあ悠里のドラゴンは有りなのかよ?」
そう言ってパソコンのディスプレイを指差す夕凪。どうやら部屋に入られた時に、脇から覗き見られていたようだった。
竜は顔色一つ変えずに、
「悠里のはあだ名だからな」
「あ、差別」
「差別じゃない。俺が気に入るかの問題だ」
それを差別っていうんだろ? と文句を言う夕凪に背を向け、竜はパソコンのキーボードを叩き始めた。
夕凪は自分が無視をされたことを悟って諦めたらしく、手にある漫画雑誌に目を向ける。
数分で悠里への返事を書き終えると、竜は送信ボタンを押した後、メールボックスを閉じて、夕凪の方に向き直った。
彼女はベッドの上にうつ伏せに寝転がって、漫画雑誌を読みふけっていた。
「おい」
「…………ん?」
竜の呼ぶ声に、少し間を空けて夕凪は顔を上げた。どうやら物語の中にどっぷり浸かっていたようだったが、それを妨げた竜に罪悪感は微塵もない。
漫画雑誌を閉じて身体を起こす夕凪に、竜は訊ねる。
「何の用だ? 俺に勉強を指導してもらいたくなったか?」
「違う違う」
夕凪は顔の前で手を振りながら、どこからともなくディスクケースを取り出した。クリアカバーのそれには『課題:1』と書かれたディスクが入っている。
怪訝な表情をする竜に、夕凪は告げた。
「こいつの中身、開いてくれない?」




