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夢幻商人と少女の戦争  作者: 沼野河童
Second:Vision 夢幻商人 ~Yunagi encounted Vision’s Seller~
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遭遇 in 公園

 二〇〇メートルほど進んだところで、夕凪は駆けるのを止めた。

 辺りを見回し、自分が近所にある公園の時計塔の下にいるのを確認する。

 時計塔は、小さなグラウンドを見下ろすように小高い丘の上に立っており、その後ろには半円状に、木と石で出来たベンチが並んでいる。ベンチは一繋がりで、一定間隔にてんとう虫やかえるの像が置かれている、この公園独特のベンチである。

 夕凪はそのベンチの、てんとう虫の像の横に腰を下ろした。ふうっ と息を吐き、顔を上げると、誰もいないグラウンドを沈みかけている太陽が照らし、時計塔の長い影、が自分のすぐ横を通過しているのを見た。

 辺りは静かだった。

 無音、というわけではない。近くの茂みの中では虫が鳴いているし、時折、遠くから帰宅途中の人々の笑い声が風に流れて聴こえてくる。


「…………………………」


 日暮れ時の涼しげな風に当たりながら、夕凪は目を閉じ、もう一度、小さく息を吐いた。

 この時期、この時間帯、この場所には誰もいない。

 小学生はとっくに家に帰っている時間帯だし、老人たちの散歩には少し暗すぎる道となるため、部活帰りで帰路を急ぐ中学生や高校生くらいしか、この時計塔周辺を通らない。

 しかも最近、それを知る素行の悪い連中が、そういった帰宅途中の中高生を標的にする悪質な事件も起こり、それ以後はこの時間にここを通る者も減っているのだった。

 道が避けられるようになってからは、狩る者が居なくなったことを悟ったらしい不良連中も、やがてここにたむろすることを止めたらしい。

 こうして、ついに誰一人拠りつかなくなったこの場所は、夕凪専用の憩いの場と化したわけである。


「…………暇、だな」


 石で出来た堅い背もたれに背中を預け、空を見上げる。薄闇が徐々に広がる上空には、すでに一番星が輝き始めていた。

 腕時計を見ると、デジタル数字が六時を越えたことを示している。夕凪は腕時計の表示板をじぃっ と見つめ、不意に操作スイッチを何度か押した。

 表示板の数字が切り替わり、表記は一〇数分前の時間を表示する。丁度、夕凪が友人たちと他愛の無い会話をしながら下校していた頃の時間だった。


「…………………………」


 夕凪は現在時刻とは違う時間を示す腕時計をじっと見つめる。

 時計の数字は、変更前と変わらないペースで着々と切り替わっていた。

 デジタル数字が操作前の時刻を示した頃、彼女は深い溜息と共にベンチの上に寝転がった。

 そのときだった。


「一人かな?」


 唐突に、聞き慣れない声が近くからした。同時に、人が存在する気配も感じられる。

 辺りを見回した夕凪は、少し離れたところに生える木陰の暗がりに一つの人影が佇んでいるのに気が付いた。気配の持ち主はその人物のようだった。


「一人、かね?」


 夕凪は問いかけに答えず、相手の方を注視する。

 声を掛けてきたその人物は、暗がりから夕日に照らされた場所に移動してきた。奇妙な姿の男だった。

 服装は真っ黒。頭から下までを黒いレインコートのようなもので包み、袖から出ている手には黒い皮グローブを付けている。唯一肌を晒している顔も黒く、長い口髭は勿論、瞳や肌の色まで、テレビで見るようなアフリカの黒人よりも黒い色をしている。

 はっきり言って、日本人には見えない。そして、夕凪の知識の中にあるどの変人よりも、目の前にいる人間は群を抜いた変人に見えた。

 その変人、もとい黒づくめは、いつまで待っても返事を返さない夕凪をその黒い双眸で見下ろしていたが、不意に何かを思いついたかのように手をポンと打つと、


「君は、一人かな?」


 丸っきり日本人には縁遠いと言える目の前の黒づくめは、もう一度、丁寧な口調で言った。流暢な日本語だった。


「まぁ、そうっすね」


 夕凪は投げやりに返答し、続けて、


「周りに自分の知人友人、はては見も知らぬ他人がいなければ、そうなるでしょうね」


 夕凪の発言に、黒づくめの男は少し眉根を上げたが、やがてくっく と唸るような声を洩らした。


(もしかして、笑ってんのか?)


 夕凪が変なものを見るような目(実際、変な人物なのだが)で見ていると、黒づくめは顔をあげながら、


「ああ、失礼。君の発言があまりに面白くてね、ついツボにはまってしまったのだよ」


 そう言って、また黒づくめはくっく と声を洩らす。

 そこまで面白いか? と、実は適当に付け加えて言っただけの言葉を思い返す夕凪。

 と、黒づくめが笑うのを止めて、口を開く。


「つまり、私の発言は少し的外れだったようだ。私という『見も知らぬ他人』がいる時点で、君は『一人』ではないのだから」

「まぁ、そうなるっすね」

「それに、君はなかなか面白い言い方をするが、それに加えて、少し男勝りな口調で話すな」

「下手なお嬢様口調だと周囲の人に舐められますし、第一、性に合わないもんですから」


 そう答えながら、何で自分は目の前の黒づくめに、自分の口調について説明しているのだろうか と少し疑問に思った。あまりにも異質過ぎる格好と丁寧な口調が相互反応を起こして、この黒づくめの周囲に親しみやすいオーラでも放たれているのだろうか?

 と、黒づくめの男はゆっくりと頷きながら、


「ふむ、個性的でいいな。ではそんな君に、一つ尋ねてみようかね?」

「?」


 異様な雰囲気の言葉に、夕凪は疑問符を頭上に浮かべる。それに気づいたのか、黒づくめ 口の端を緩ませて柔和な笑みの形を作り、その口から、こんな言葉を放った。



「君は今、何か欲しいものはないか?」



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