夏休み in 学校
人名について
・燈村夕凪
夏だ。
校庭の隅に生えている木々にはり付いた蝉たちはミンミンと五月蝿く鳴き、花壇の向日葵は風に揺れ、半袖短パンの小学生たちは田んぼの近くのため池でザリガニ釣りをやっているのが、窓の向こうに見えた。
机の上に片肘をつき、手の上に顎を乗っけて欠伸をしながら、少女はそれらを眺めていた。
肩より少し上の辺りで切り揃えられた後ろ髪が、窓から入り込む僅かな風に揺れる。ニキビという単語を知らないような健康的で少し日焼けした頬の上を、額から滲んだ汗が伝っていった。
外の景色を眺めながら、彼女はふと呟く。
「小学生はいいよなー。補習という学校ぐるみの嫌がらせがなくって」
そう呟く彼女の言葉は、少し男勝りな感じを漂わせていた。
他者いわく、女らしからぬ少女と言われている彼女――燈村夕凪は、とある中学校の三階の教室の窓際席にいた。
ついついこぼした愚痴に、我ながらと思い、うんうん と頷く夕凪。
前にいる担任がジロリッ と目を向けてきたが、その行動を数瞬前に察した彼女は顔を下げてノートを取る振りをすることで誤魔化した。
担任が黒板に目を戻したことを感じ、夕凪は再び窓の外に目を向ける。
校庭のトラックで、陸上部の男女が一〇〇メートルを一気に駆け抜けていくのが目を引いた。
ゴールと同時に互いに息を切らしつつも、笑いあいながら話し合っていて、そこにタイムを計っていた男子が冷やかしにいく様子が見える。
青春してんなぁ、とぼやきつつ、視線を教室の、数式のみが乱雑に書かれた面白みの無い黒板に向けて、夕凪は深い溜め息を吐いた。
「(あーあ、なんで中学の夏休みに登校して勉強しないとなんだろ……。青春の1ページにこんなもんいらないと思うんだけど……)」
教室内を見回すと、男子七人、女子五人がいるのが確認できた。クラス全体が三六人だから、ちょうど三分の一が補習を受けているわけだ。
意図的に授業をさぼっていた奴はそれなりに勉強してるし、どこかでしくじってしまった哀れな奴は、同じ過ちを繰り返さないために必死にノートに何かしら書き込んでいる。あまりに必死すぎて、担任に呪いをかけるための術をノートに記しているように見えなくも無いのだが。
そんなことを勝手に連想して苦笑すると、夕凪はそれとなく前に向き直ると、
目前にチョーク(白)が特攻してくるところだった。
「ふわっ!?」
急接近する白い棒状の飛行物体を視認するやいなや、夕凪は反射的に首から上を横に反らした。
棒状の白い凶器は夕凪の側頭部を掠め、撫でるように白い線を走らせていくと、悲しきかな、後ろの席で顔を上げていた少年の鼻頭に命中し「ぎゃんっ!」爆発四散する。
教室内のあちこちから「利賀ぁああああああっ!?」、「不幸の極みだな、これは」、「利賀君、顔真っ白ぉ♪」という、利賀という男子生徒を心配しているのか蔑ろにしているのか分からない感じの声が飛び交う。
夕凪はというと、自分の不注意で人一人が犠牲になったことにあまり感心はなく、とりあえず若き命を散らした少年に両手を合わせて合掌すると、担任に一言。
「隊長、目標を誤りましたか?」
「いーや、間違ってはいなかったぞ。コースは、な」
隊長、もとい担任は新しい弾(黄)をその手に召喚しつつ、額に青筋を浮かべながらそれを投げる。
夕凪は飛来する凶器をじっと見据え、余裕を持ってそれをかわした。目標を外したチョーク(黄)は、またもコース上にいた利賀君の、今度は額に直撃した。
悲鳴と共に凄まじい音が二つ、教室内に響き渡る。
一つは、利賀君がチョークの連続攻撃に耐え切れず、悲鳴を上げながら椅子ごと後ろに倒れてしまった音。もう一つは、その様子を見てツボにはまった少女が一人、「あははぁー♪ 利賀君、顔カラフルぅー」と腹を抱えて笑いながら、バランスを崩してひっくり返った音だった。
ちなみに、夕凪はその一部始終を見終えた後、前を向いて、担任に向かって叫ぶ。
「隊長! 隊長の誤射で利賀二等兵と藤柴軍曹が負傷しました! よって、保健委員である自分は彼らを医療室に搬送したいのですが……」
「もとを正せばお前の授業態度の悪さが原因だろうがっ!! あと普通にしゃべれこのエセ軍事オタがっ!!」
とても教師とは思えない暴言を吐く担任の手から、再びチョークが放たれる。先ほどと同じコースを、寸分の狂いもなく、だ。
(ふっ、同じ手を二度ならず三度までも。そんなん当たるか学習能力ゼロの三流投手め。後ろの利賀には悪いが、また避けさせていただくか……!)
と、一刹那のうちに夕凪は心の中で担任を罵倒しつつ、頭の重心を右に傾け始めた。
が、その時チョーク(青)の進行方向が、彼女の行動に呼応するかのように変化した。
直進していたチョーク(青)は左に、夕凪にとっての右に進路を変えたのだ。
つまり、自分の回避先に向けて、チョークがコースを変えた。
(しまった! シュートだと!?)
シュートとは、簡単に言うとバッターから見て左側に曲がる球のことを指す。シンカーより球の沈みが小さいのが特徴の変化球だ。
そんな野球漫画のワンシーン的な解説を頭で展開しつつ、夕凪は回避方向を変更しようとするが、もう遅すぎた。
驚愕の表情をつくる彼女の顔面を、言葉で言い表せられない衝撃が襲い、視界を青の粉塵が覆い尽くした。
悲鳴など上げる余裕などなく、薄れる意識の中、目の前に飛び散る青の粉塵を見ながら、夕凪は思った。
夏はやっぱり海だよな、と。




