不破竜 and 幻視
『明日朝一で来るからなっ! 絶対に、クリアするなよなっ!!』
「まったく、ああいうところは昔と1ミクロンも変わらない」
帰り際に夕凪が叫んだ言葉を脳内再生し、一人感想を呟いた竜は、部屋のベッドの上に仰向けに寝転がっていた。
夕凪が帰って五分が経過していた。
机の上のパソコンのディスプレイには、件のゲームのタイトル画面が表示されたままになっている。
竜は頭だけを起こしてそちらを見やり、
「……やるなと言われて、やらない人間なんていないっての」
そう呟いて彼はベッドの上から起き上がると、パソコンの前に向かった。
詰まるところ、不破竜なる人物の本質は自己中心的であった。
人の言うことには絶対に従わず、何よりも自分の意見や興味あるものを尊重する。そういう種類の人種だ。
無論、それは古い付き合いである夕凪に対しても適応する。
「『宿題引き受ける』なんて戯言でも言わない限り、絶対首を縦に振らないからな、あのオトコンナは」
軽く夕凪を貶す言葉を呟きながら、竜は椅子に腰を下ろす。
目の前にあるのは、彼が今最も惹かれるもの。
夕凪が黒づくめから渡されたという、怪しげなゲーム・ディスク。
(黒づくめとやらの正体も気になるが、そんな不審者が渡したゲームっていうのはどんな内容なのだろうな)
そんなことを考えながら、竜はマウスを操作する。
画面上に浮かぶ矢印型のカーソルを、ウィンドウ内の『START』の文字の上に移動させ、ダブルクリックしようとして、
ピタリと、その指が止まる。
「……こういう不可思議系の話、悠里が好きそうだな」
そう静かに呟くと、自己中少年はカーソルを『START』から引き離し、メールフォルダを開く作業に移った。
カメラのフラッシュのような一瞬の閃光の中に、様々な景色が映っては、消えていく……。
まず映ったのは、桜の花びらが舞い散り、踊る、並木道。
ほんのりと薄いピンクに染まった景色の中で、桜が香る暖かな風が頬を撫でていく。
心地よい空気を胸いっぱいに吸い込み、自分はその道を歩み始めた。
――暗転――
滲みあがるように映ったのは、光で満ち溢れた世界。
霞みがかった空間。大きな桜の木の下に、二つの人影が浮かんでいるのが見える。
この情景が何なのか、自分は知っている気がした。
片方の影が、もう片方の影に何かを告げようとしていた。
しかし、自分の今いる場所には言葉は届いてこない。
せめて、表情や口の動きからでも何かを察せられないかと思い、自分は彼らに近づこうとした。
――暗転――
ばしゃッ と、一歩踏み出した足が水溜りの中に落ちる、そんな感触があった。
気が付くと、自分は暗闇の中にいた。
先ほどと違って、いくら待っても一筋の光すら見えないその空間では、ただただ泣き声のみがこだましている。
足裏が湿っている。
さきほど跳ねた水が、靴の中に入り込んだのだろうか。確認したかったが、何も見えないこの状況では、僅かな挙動すらも危険な気がした。
全く身動きができないということに不安を感じる中、ふと、いつの間にか泣き声が止んでいたことに気が付いた。
ワケが分からないまま移り変わってゆく状況に、自分は混乱する頭を抱え込む。
どうにか落ち着こうと、息を吸い込み、そして堅く、目を閉じた……。




