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夢幻商人と少女の戦争  作者: 沼野河童
Second:Vision 夢幻商人 ~Yunagi encounted Vision’s Seller~
10/13

論争 and 懐柔

 原因は、視界に入ってきた、目を引くように派手な書体の大きな文字で書いてある、タイトルらしき一文。


『Vision`s Field』。


「えーっと、ヴぃしおん……?」

「『ヴィジョンズ・フィールド』。直訳で『幻想的な場所』、か……?」


 たどたどしい様子で訳す夕凪の言葉を押しのけるように、竜が淡々とした口調で画面の英文を訳した。

 タイトルの下には『GAME START』やら『SETUP』という文が順に並んでおり、それらを一通り眺めた竜は、分かりきった結論を出す。


「見た感じ、ディスクの中身はゲームのようだな」

「うへぇ、マジかよ……」


 背後で溜息を吐いた夕凪に、竜は顔を向けると、


「どうした? 気持ちの悪い溜息を吐いて」

「一言多いわっ!」


 言葉と同時に鋭い右足蹴りが放たれるが、竜は首を動かすだけでそれを避け、足首の辺りを掴んでしまう。

 いきなり片足立ちの体勢を強要された夕凪は、危ういところでバランスを保ちつつ、言葉を吐く。


「わかるだろ? どうした、っていうのの理由っ!」

「お前が知恵を使うゲーム全般苦手だ、っていうことか?」

「そうだよ、と」


 掴まれていた足を解放された夕凪は、今度は転倒しないように気をつけながら、両足を地面に下ろして、溜息交じりに語り始める。


「これまでの人生。テレビゲームはおろか、カードゲームも将棋もオセロも、トランプのババ抜きですら勝った試しがない。……おかげでゲームを介した賭け事をする気は全く起きなくなったよ」

「昔はよくやってたのにな」

「お・ま・え・が、あたしを毎度賭け事のグループに引き込んでいたんだろうが! おかげで負けには負けまくって、あたしは財布だけでなく身ぐるみまで剥がされかけたんだぞっ!」


 ちなみにその時は、半裸状態にまでなった夕凪がキレて、賭けに参加していた野郎全員を蹴り倒したことで勝負が無効になるというお粗末な結果になったという。

 夕凪の悲しい過去話が語られる一方で、竜はうんうんと頷きながら、


「お前が毎度負けまくってくれるおかげで、俺が大損することは無かったんだよな……」

「遠い目であさっての方向見てんじゃねぇよっ! 感慨にふけるほどいい思い出じゃねぇよ、あたしにとっては!」」


 その時のことを回帰して夕凪は涙を浮かべると、怒り心頭で竜を殴りかけるが、先ほどから全ての攻撃を防がれているのを思い出し、どうにか拳を押しとどめる。

 その様子を見た竜はほくそ笑むと、


「それはさておき、問題のディスクについてだが……」


 そう言って、竜はディスプレイをコツコツと指で叩いて夕凪に示す。


「こいつをクリアしたら、何が起こるんだって?」

「あたしの求めるものが手に入る、ってさ」

「お前の“ような奴”が求めるもの、だろ?」

「……意味は同じだろ?」

「若干違う」


 竜の含みのある言い方に、夕凪は苛立ちと共に眉をひそめる。

 竜は言葉を続ける。


「お前のようなっていうのは、つまり“お前のような若者“ならいいってことだろ?」

「……少女限定かもよ?」

「じゃあお前にも無理だろ?」


 微笑を浮かべて告げる夕凪に、竜は淡々とした調子で言葉を返す。

 夕凪が強大な殺気を放っているのを感じ取りつつ、竜は顔色一つ変えずに、こう告げた。


「じゃあそれについても調べるということで。……今日は俺がこれを預かって、試しにプレイしてみてもいいか?」

「却下」


 竜の意見に夕凪はそう即答すると、パソコンのディスクドライブの開閉スイッチに手を伸ばした。

 しかし、竜はスイッチと夕凪の手の間に自分の手を伸ばして夕凪の手の進行を遮り、やおら面倒くさそうに訊ねる。


「……理由を聞かせてもらおうか?」

「そりゃこっちの台詞だってーの」


 夕凪は手を引っ込めずに、続ける。


「もしそれでお前がこのゲームをクリアしちまったら、お前の夢が叶っちまうだけで終わりじゃねぇか。あたしの立場はどうなる?」

「少し中身を見るだけだ。……問題ない。何かの弾みでクリアすることに陥ることになったら、その前にPCのプラグを引っこ抜いてでも止めてやる」

「信用できるかっ! 昔からあたしを騙しまくってきた男の言うことなんかっ!」


 頑として譲らない態度を示す夕凪の様子に、竜は深い溜息を吐くと、こめかみを指先で二回叩き、やおら額に汗を浮かべながら、こう言った。


「じゃあ、今年の夏休みの宿題、全部引き受けてやる」


 直後、夕凪の身体の動きがピタリッと停止した。

 ギギギッと、油を差してないらしいからくり人形の関節部みたいな音を上げる首を動かして竜の顔を見やり、


「ナン、ダッテ……?」


 夕凪の問いかけに、竜は後頭部を掻きながらもう一度言った。


「おまえの夏休みの宿題を、俺が引き受けてやる。それが、俺が負担する条件だ」


 直後、夕凪の全機能が一時急停止した。

 無理もなかった。というのも、今年の夕凪の夏休みの宿題は、一般生徒のそれを遥かに超過している量だったのである。

 一学期における最悪の授業態度と最低のテスト結果を見た『心優しい』担任こと菊芝が夕凪のためを想い、終業式の後に職員室に当人を呼び出し、過去の授業範囲をまとめた特別冊子(厚さ一四センチ)を手渡しながら「じゃあ、また明日な♪」と笑顔で言われた、という長い経緯がある。

 補習自体は夏休み前半に終了するのだが、夕凪が手渡されている特別冊子の中身は、たとえ彼女が不眠不休でやっても、夏休み中には到底出来ない代物なのだった。

 それを、目の前の親友がやってやる、と言っているのだ!

 頭の中で何かを熟考しているらしく、しばらくブツブツと口元のみを動かす夕凪。


「(宿題帳消し、だとっ……しかし相手はあたしを嵌めてきた策士……過去は水に流すべき……いやしかしっ……)」


 どうやら、脳内天使が脳内悪魔と闘争を繰り広げているのを実況中継中らしかった。

 そのまま数秒が経過する。

 そして、勉強嫌いの補習少女は顔を上げ、竜に向かって小さく頷きながら、


「…………許可する」


 伸ばしていた手を引っ込めて、そう呟いたのであった。


久しぶりの投稿ッス。


って、二ヶ月以上も間を空けてしまうとは……。


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