第3話 『王権争い』
王城の一角、第一王子クルベウス・ラクトリアの私室にレインはいた。
そのエメラルドのような瞳からは全てを見透かしているようなミステリアスな雰囲気と、どこか不気味さまで感じられる。
レインはクルベウスに仕えて2年は経つが今だに底が見えない。
セレナも立場上王族と話すことが多いのだがクルベウスとの付き合いはどうも苦手らしい。
「では、今回の任務の報告を致します」
レインは今回暗影として行った任務の内容と情報を話した。
話している間、クルベウスは目を閉じて静かにレインの報告を聞いていた。
そして、報告が終わるとゆっくりと目を開け、話し始めた。
「うん、ご苦労。今回も素晴らしい仕事だったよ」
「お褒めの言葉ありがたく頂戴致します」
「んー、じゃあ、ここからは2人で話そうか」
そう言うとクルベウスは指をパチンと鳴らした。
すると、瞬時に透明な膜のようなものが室内の二人を包み込んだ。
それと同時にさっきまで聞こえていたはずの雑音、人々の話し声、鳥の鳴き声さえもが聞こえなくなり、無音の空間となった。
「遮音結界…ですか。殿下、何のおつもりで?」
「そんなに警戒しないでおくれよ。言っただろう?2人で話そうって」
遮音結界。空間と空間を真空の層で囲むことで外部からの音を遮断、同時に内部の音を外に漏らさないようにする結界魔法の一つだ。
クルベウスはこの王国の中でも片手の指に入るほどの実力を持つ魔術師である。
特に結界魔法の精度は凄まじく、防御結界ならばドラゴンのブレスを防げる程だ。
「………お聞きしましょう」
「ありがとう。まあでも、話すことはわかっているんじゃないかい?」
「……王権争い、でございましょうか?」
「さすがレインだ。わかっているじゃないか」
予想していた。『王権争い』それは次期国王の座を狙った王族たちの戦いだ。
この戦争で勝利し、王の座を勝ち取ったものが次の王国を率いてゆく。
そして、現在王位継承権を待っているのが、
第一王子、クルベウス・ラクトリア
第二王子、カイゼル・ラクトリア
第一王女、フィオナ・ラクトリア
の3名である。もちろん、第一王子であるクルベウスは王位継承権1位だ。
王族内でも貴族内でも支持が高い。
しかし、クルベウスには少しの不安があったのだ。
「まずはカイゼルだ。あいつは私ほど知に秀でてはいないが、戦場での経験が多い。故に軍部からの支持が高い」
「そしてフィオナ。あいつは平民からの支持が高い。教会に所属していて多額の寄付もしている。」
レインもそのことについては知っている。まず、レインも職業上戦地に赴くことは少なくはない。そこで感じられるカイゼルのオーラとカリスマ性は伊達ではない。
それにフィオナについては街を歩いていればその名を聞かないことはない。王族という立場でありながら平民に対して優しく、平民からは「聖女様」とも呼ばれるほどだ。
「そこでレイン、君たち暗影に頼みたいことが……」
「———クルベウス殿下」
レインはクルベウスの話を遮った。目上の貴族、ましては王族の話を遮るなど普通なら不敬罪で処されるだろう。だが、レインには言わなければならないことがあったのだ。『暗影』として大切なことを。
「僭越ながら、我々、国家特殊武装暗部隊は国のための部隊であり、殿下の私兵ではございません」
「………」
「………」
沈黙。二人が黙ったことで遮音結界内は本当の無音と化した。
クルベウスの冷たい目がレインを見つめる。首筋を冷や汗がつたう。
そして、少しの沈黙が続いた後、クルベウスは静かに指をパチンと鳴らした。
遮音結界の膜が剥がれるように壊れていった。周りの雑音が耳に入ってきた時、クルベウスはニコッと笑って話し始めた。
「わかっているさ。少しからかっただけだよ」
「……左様ですか」
「まあ、この話は一旦置いといて。この資料をセレナに渡しておいてよ」
「承知致しました。では、失礼致します」
そう言うとレインは静かにクルベウスの私室を後にした。
クルベウスはそれを見届けると再び窓の外を見た。そして、ボソッと呟くのだった。
「国のため、か……」
何故かその口元は歪んでいるように見えたのだった。
◇◇◇
その頃、セレナは暗影の存在を知る者達だけが集まる王城会議に参加していた。
豪華な一枚板の長机にはこの国を支える名のある重鎮貴族達が席を連ねており、一番奥の中央席にはこの国の国王であるゼノス・ラクトリアが座していた。
「では、これより王城会議を始めさせていただきます。まず、今回調査されたラトン伯爵家についてセレナ・ローレンス国家特殊武装暗部隊長より報告願います」
宰相の声と同時にセレナは静かに席を立つ。すると、座ってる貴族達が一斉にセレナの方を見る。その威圧感にセレナは唾を飲む。ここにいるのは全員が王族や公爵家。伯爵家であるセレナには場違いな場所だ。セレナは息を整えると背を正し、話し出す。
「では、報告致します。まず、ラトン伯爵家の屋敷内については……」
セレナは緊張しながらも全ての報告を終えた。
その報告内容はラトン伯爵家の資金の横領や、違法事業など多岐に渡った。
恐らく、ラトン伯爵家は滅ぶだろう。この話を聞いている王のたった一言で。
同じ伯爵家であるセレナも同様だ。王の権力は絶対で絶大なのである。
「ふむ、良き報告だった。下がるが良い」
「はっ。お褒めの言葉ありがたく頂戴致します」
胸に手を当て、深々と頭を下げるとセレナは静かに会議室を後にした。
ここからは重鎮貴族達だけの話し合いだ。セレナのような伯爵家ごときが聞い良いものではない。
セレナは廊下から窓の外を見た。まだまだ、太陽の沈む気配はないのだった。




