第4話 『視察に行こう』
「表」の仕事がひと段落し、レインは自室の椅子に座り本を読んでいた。
最初、この世界の文字が読めなかったレインだが、セレナに拾われ、貴族として教育を受けたことによって文字が読めるようになったのだ。
それからレインは本にハマり、こうして暇がある時はずっと読んでいる。
前世ではスマホばかり見て本を全く読んでいなかったレインだが、こうして読んでみると案外いけるものである。最近読んでいるジャンルは恋愛ものだ。
だが、そういう感情に乏しいレインはあまり読んでいて面白いとは思わない。
では何故読んでいるのか。それはある人に勧められたからである。そしてその人というのが……
「あのセレナ様、どうしてここのシーンで二人はお互いに好きとは言わないのですか?もう両想いなら終わりでいいと思うのですが……?」
「レイン…、私は今、猛烈に疲れているのよ。後にしてくれない…?」
レインの自室に勝手に入り、軍服の上着を床に脱ぎ捨て、ネクタイを緩めて襟元を開き、倒れるようにレインのベッドで枕に顔を埋めているセレナである。
どうやらお偉いがたとの会議で神経をすり減らし、疲れたんだとか。
と言っても、今回が初めてではなく、毎回その会議が終わった後はこうしてレインのベッドで突っ伏しているのである。こっちとしてはいい迷惑なのだが……。
「まあ、セレナ様に聞いても意味ないか」
「なによ、これでも私は伯爵家の女なのよ?みくびられては困るわ」
「国家特殊武装暗部隊に入るために婚約者に婚約破棄状を叩きつけ、淑女としての教育もまともに受けずに婚期を逃した人が何言ってるんですか」
「うっ……待って、それ以上は何も言わないで」
あの無敵とも言われたセレナがダメージを受けている。
これはこれで恋愛小説より面白い。やはり自分には合っていないのだろうか。
レインはそんなことを考えながら本を閉じ、椅子から立った。
そして、床に脱ぎ捨てられているセレナの軍服についた埃を手で叩き、椅子にかけ、自室を出て行こうとドアノブに手をかけた時だった。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「仕事に戻るんですよ。セレナ様がいると読書も捗らないので」
「酷い!私はレインと一緒に居たいだけなのに!」
「ほとんど一緒にいるじゃないですか」
「そうじゃなくて……、そうじゃないの!」
「はあ…」
だったらなんだと言うのだ。これが親心というものなのか?
レインには分からない。セレナと同じくらいの歳になると分かるのだろうか。
そんなことを考えているとセレナが何か思いついたように話し出した。
「あ!そうよレイン。一緒に王都へ視察に行きましょう!」
「あなたさっきまで疲れたって言ってませんでした?それにその“視察”は“遊び”の間違いでは?」
「し、失礼ね。視察は大事な仕事よ」
レインはラジウスの言葉を思い出すのであった。
(親孝行だと思って少しは付き合ってあげたらどうだ?)
「親孝行…か……。分かりました。行きましょう。“視察”に」
「本当?じゃあすぐにでも出発ね!」
そういうとセレナはウキウキで自分の部屋に戻って行った。
疲れているのは本当なのかと思ったが、考えないようにした。
◇◇◇
ラクトリア王国の王都ルーニア。
その円形状の巨大な都市は見る者を圧巻させる。
中心に白く豪華な城、都市内には大きな川が蛇行しており水源も豊かだ。
道ゆく道には露店が連なっており、ここで買えないものはないと言っても過言ではないだろう。
「いやー、やっぱり王都はいいわね。なんでも揃っているわ」
「……そうですね」
そうはしゃいでいるセレナの手には数本の串物が握られていた。
確かに二人は私服姿で一般人に紛れて視察しているが、これでは休暇日としていることが変わらないのである。
「セレナ様、これって本当に視察なんですか?」
「はにひっへふの?ひはふにひまっへるひゃはい」
(※訳)[何言ってるの?視察に決まってるじゃない]
「食べてから喋って下さい」
それにしても、やはり王都の賑わいはいつ見ても凄い。
眩しいほどに活気に溢れていて物流は止まることを知らない。
「本当に、眩しいな……」
レインは視線を裏路地にやる。そうすれば嫌でも目に入ってくるものがある。
薄汚れた服に枯れ木のような体。痩せこけた頬に光のない目。
そして思ってしまうのだ。自分もそっちに居るはずの人間だったのだと。
「———⁉︎……もっ⁉︎」
急に、自分の口に何か熱いものが突っ込まれた。
レインはとりあえずそれを飲み込んで振り返る。
そこにはいかにも不機嫌な顔をしたセレナが串物をレインに向けていた。
「……急に何するんですか?」
「食べなさい!」
「……は?」
「た・べ・な・さ・い!」
「は、はぁ…」
レインは言われた通りに渡された串物を食べた。
温かくて美味しい。特別な味なわけでもない。至って普通の露店の串物。
「レイン、あなたが何を考えているかは大体分かるわ。どうせ、なんで自分なんだとか思っているんでしょう?」
「……」
「私だって善人なわけじゃないの。全員助けるなんて無理。だからこそ、助けるなら「選ぶ」わ。その人が本当に助ける意味が、価値があるかをね」
「……」
「レインは選ばれたの。だからそれを誇りに思いなさい」
本当にこの人には敵わないな。——そう思った。
「———おっと、すまねえな嬢ちゃん」
「……いえ」
急に、セレナに男がぶつかった。
しかし、レインはそれを見逃さなかった。
行動の癖、足運びからこの男は「裏の者」だとわかった。
一般人に扮しているということはおそらく情報屋だ。
セレナは渡されたであろう小さな紙を見ている。
「……セレナ様?」
「……悪いなレイン。視察は終わりだ」
口調が変わった。裏の、仕事の口調。
その言葉でレインの気は引き締まる。
「———王城へ戻るぞ。仕事の準備だ」




