第七話 伝えられない
半年ほど経って、暁峰は今日も元気に儲け話を探していた。
「いやー愉快愉快。土地と不動産の価格が上がって笑いが止まらない!売り時だねェ!」
かんらかんらと豪快に笑う。
「俺の見込み通り造船会社は上手くいっているようだしね。外部の人間を入れたのが良かったな」
優雅に左手で扇子を仰ぎながら「そうだろ?」と側近に同意を求める。
「君、ボーナスあげるから海外旅行でも行ったらいいよ」
「1人でですか?」
「俺と一緒に行きたいの?嫌だよ、俺は」
「私も嫌です。社長と行ったら仕事になりますから。それより、奥さんに還元してあげたらどうです?」
「はァ?桃花?意味ないよ。碌な趣味ないもん」
「社長も碌な趣味ないじゃないですか」
「……」
***
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、旦那様」
機嫌の悪い暁峰に困惑する桃花。
「なんかあったんですか」
「ううん別に」
絶対何かあった顔をしながら暁峰は居間に行く。
こういう時、桃花はどうすれば良いかわからなかった。
何度も聞いた方が良いのか、放っておいた方が良いのか。
悩んだ末、別にと言う事は聞いて欲しくないという事だろうと桃花は捉えることにした。
逆に桃花には聞いて欲しい話があった。
言わない方が良いだろうか、言うべきか。
またもや悩み、機嫌の悪い時は話すべきじゃないだろうと夕飯の間彼女は黙々と食事をした。
「今日1日何かしてた?」
「は、はい!」
暁峰の方から聞いてくれて桃花は顔を輝かせた。今日はビックニュースがあったのだ!
きっと彼は褒めてくれるだろう。
「じ、実は……よくお話をする人ができました」
「え」
「本屋さんで同じジャンルの本が好きな方がいて、話しかけて下さって。そこから何度か」
「ちょっと待って。全然聞いてないんだけど。何度か話をしてたの?」
「はい。最初は私に気があるなんて何かの間違いかと思っていたのですが、お友達として、一緒に茶館に行きたいと」
「桃花妹にさえ趣味があって友達もいるのに……」
いつにない落ち込みぶりに、桃花は焦る。なんて言えば良いのだろう。
「で、でも、暁峰様の趣味はお金を集めることで、商会にもたくさんお友達がいるのでは……」
「友達ではないかな……マネーゲームは趣味でもあるけど仕事でもあるから、部下に碌な趣味がないって言われて、言い返せなくて少し落ち込んでいたんだよねェ」
なんて慰めてあげれば良いかわからない桃花は余計なことを言った。
「暁峰様はお金がお友達ですから。大丈夫です」
「……桃花妹?俺を馬鹿にしているのかなァ?」
「え」
「人間の友達はいないって言ってるよねェ?」
「あ、え」
「馬鹿にするなら、お金しか友達のいない可哀想な俺に良い趣味を見つけてもらえないかなァ……?」
桃花も琴以外を始めたのはここ半年だ。
暁峰の勧めで本を読んだり、ファッションをしてみたりと試行錯誤の途中である。
それでも何とかしようと懸命に知恵を絞る。
「琴……一緒にやりますか」
「君のを聞くのは楽しいけど、自分でやるのはねェ……」
「食べ歩きやお酒など……」
「その辺りは試したけど、趣味というほどにはならなかったなァ」
「……」
「すみません、私も学んでいる途中で、これ以上のアイデアは……」
「ごめんごめん。ちょっとやり返しちゃった。俺は色々やり尽くしてるからね。君にこれ以上のアイデアは難しいね」
「それで?一緒に茶館に行くその子はどこの家の子?」
「本屋さんの真向かいのお茶屋さんの息子さんだそうです」
「え?男の子なの?」
驚きで大きくなった声に桃花はびくりとする。
「すみません、男の人はダメでしたか?」
「あー……ダメ、ではないけれど……」
***
まさかの男の子とはね、と暁峰は考えを巡らせていた。
普通の男友達なら良いが、好意のありそうな男だ。面倒なことになるやもしれない。止めるべきか。
けれど養子だとか言い出したの俺だしなぁ。
婚約には了承した事になってるけど、役所へ結婚の届は出していないし。
止める理由がないんだよねぇ。
でも、なーんか面白くないんだよな。
暁峰は納得できないでいた。
あんまり男と話したことがないから苦手だったんじゃないの?そいつは平気なわけ?
もしかして、結構前から仲が良かったのか?
2年後だとか養子だとか言わずに適当にぼやかしておけば良かったかもしれない。
そうすれば、このなんとも言えない気持ちをその場の気分でどうとでもできたのに。
暁峰は少し後悔していた。
「その男いくつなの?」
「年齢ですか?20歳だと……」
見た目14歳の桃花にアプローチかけてくる20歳なんて、ロリコンっぽくて犯罪臭がする。
だからと言って、遊ぶのをやめた方が良い理由をこの世間知らずが理解してくれるとは思えない。
暁峰は夫なのか父親なのか、誰目線なのか分からなくなってきた。
痛い目を見せるべきか?そうすれば理解するか?
「よし、練習台になってもらおう」
「え」
暁峰が手を打ったのを見て、桃花は困惑していた。
「楽しむと良いよ、桃花妹。でも、くれぐれも気をつけてね」
男の素性が知れていれば、後でなんとでもなるだろう。
***
……と思ってた筈だったんだけど。
「俺は何を……」
さすがに仕事をサボったりはしない。だが気になって落ち着かなかったのは事実だ。
見回りと称して、暁峰は桃花のデートを覗き見していた。
「まァ、どう考えてもヤバそうなデートだから、仕事みたいなものだよ」
誰に聞かれてもいないのに1人言い訳している時点で、格好がつかない事は暁峰も気づいている。
儲け話が入って来るまで。急な仕事が入るまで。
今は忙しくないわけだし。
本屋の前で待っている桃花に近寄って来る男がいた。
現れた男の人相を確認する。
背格好は中肉中背。
暁峰より5cmほど背が低い……これは、暁峰の背が高いだけなので、男性の平均的な身長だ。
全体的に垢抜けない風貌だった。
初なカップルといった雰囲気だが、片方の女が14歳くらいに見える上に可愛いため、明らかに目を引いていた。
落ち合うと茶館へ向かう。
少し距離を置いて、何ともない風を装いながら着いていく。
茶館に着いたので、暁峰も「休憩」と言い訳し離れた席に座り様子を伺った。
初な2人のデートは辿々しかった。
特に男の方は明らかに桃花に気があるため、懸命に話をしている。
阿梅と暁峰以外に人と話す経験があまりない桃花は、ぼんやりとしながらたまに頷いていた。
どちらかと言えば、桃花に話をさせるように持っていった方が良いと暁峰は思う。
桃花は話を振れば楽しそうに話す。
何があったとか、どういう事が面白かっただとか、逐一報告して来るタイプなのだ。
「不慣れだね。可愛いなァ」
性格悪く、暁峰はくつくつと笑った。
そんな事を思っていると、桃花が話し始めた。
桃花は緊張せず、思ったより楽しそうだった。
他の人間とこんな風に楽しそうに話す彼女を見るのは初めてだ。
本屋で何度か話していると言っていたので、かなり心を許しているのかもしれない。
柔らかい表情。
優しくはにかみ、桃のように頬を染める。
いつもより開いた丸い瞳が輝いている。
「妬けるねー。なーんて」
なーんてって何だよ。
本当に妬いてるみたいじゃん。
掠め取られたような気分なのだろうと暁峰は思った。
自由になった桃花とずっと一緒にいたのは暁峰だ。
衣食住を与えたのも、琴を買ってやったのも、楽しい事を教えてやったのも。
全部全部、桃花の初めては自分が与えたのに。
急に横入りしてきた男に取られそうになっている。
冷めた茶が苦く感じた。
それと同時に、部下が仕事の連絡に来る。
不味くなったをそれを飲み干して、暁峰は席を立った。
***
「楽しかった?桃花妹」
「はい!」
夕飯時、暁峰の質問に桃花は珍しく元気な返事をした。
「そう、良かったね」
「お友達と始めて胡麻団子を食べました」
「あぁ。それは良いね」
「甘くて、もちもちしてて、素敵な食べ物でした……」
恍惚の表情で胡麻団子に想いを馳せている桃花が面白い。
「胡麻団子に恋でもしているみたいだね」
「恋?恋……」
恋という言葉で急に桃花は顔を曇らせる。
「何かあったの」
逡巡した桃花だったが、口を開いた。
「好きというのは……恋なのでしょうか」
「恋とは限らないかな」
「付き合うというのと恋は、同じものなのでしょうか?」
「……」
「すみません、この事を聞くつもりは無かったのですが……私は恋という物に全く接した事がなくて……」
「……お友達から、何か言われたの?」
「暁峰様……?」
不安そうな、怯えたような顔で見られている事に気づき口の端を吊り上げる。
「桃花妹に恋はまだ早いんじゃないかな?」
「そうなのですか?」
「そういうのは仲の良いお友達ができてからだよ。だって好きの種類もよく分かってないじゃない」
「そ……そうですよね……」
純粋で世間知らずの桃花に、断る返事をさせるべく誘導するのは簡単だ。
それなのに、暁峰は馬鹿真面目に話を続けた。
「告白された?お友達に」
「えっ……」
「告白じゃぁ分からない?好きって言われたかってことだよ」
「はい……でも、何と言えば良いか分からなくて……返事が欲しいと言われたのですが……」
話を続けなければ良かった。
恋とは?好きとは?付き合うとは?
それを懇切丁寧に教えてやる必要がどこにある。
俺はどこを目指しているんだ。
何を知りたがってこんな質問を——
「ねぇ、桃花。君にとって俺は何?」
もう止まれなかった。
告白してきた男と俺は同じカテゴリなのか?
違うとしたら何が違うんだ?どう違うんだ?
その答えを知りたかった。
「考えてみて、そして教えて」
桃花に考えさせる必要も、ましてや教えて貰う必要もないのに。
***
「ねぇ、桃花。君にとって俺は何?」
その質問を思い出して、桃花は俯いた。
これは暁峰に問われる前に桃花が既に自分自身に問うた事で、そして彼女は答えを掴みかけていた。
「私にとって、暁峰様は……」
桃花にとって、暁峰と告白してきた男は全く違った。
好きだとかそれ以前に、感情の厚み、与えられた影響、時間、それら全てが今の桃花を形作っているのだ。
暁峰なくして、今の桃花はいない。
この気持ちは、桃花が告白してきた男に向ける気持ちとは雲泥の差があると分かる。
そして恥ずかしく気まずく思いながらも、桃花が暁峰に恋について聞いたのは訳があった。
「すぐに断られると思ったんだけど、考えてくれるんだね」
告白した男はそう言った。
「君が話してくれた家族という人を、君はすごく愛しているようだったから」
「それは……恋と呼ばれる物でしょうか……」
「……血の繋がっていない人であるなら……そんな気がする」
「やっぱり私、暁峰様が好きなのかな……」
縁側で1人月を見ながら呟く。
でもそうだとして、この気持ちは伝えるべきなのだろうか。
「ねぇ、桃花。君にとって俺は何?」
この質問に対して誠実に答える事で、気まずくなってしまうのではないか。
今日告白された事で、恋する気持ちを告白する弊害を桃花は知ってしまった。
まだ妻として認められていない。
2年後と言われている以上、今はまだ気持ちを打ち明けるべき時だとは思えない。
それであるならば口を噤んでいよう、貝のように。
なので結局桃花は答えなかった。
そして、暁峰もそれ以降聞いてくることはないのだった。
次回 暁峰の仕事の負の側面を桃花は見てしまい……




