第四話 世間知らずの桃花妹
俺は今何をしているんだろう……
暁峰は見た目14歳の女の子を伴って楽器屋に来ていた。
まるで子供のお守りである。
暖簾をくぐると、支配人が現れた。
「暁峰様!」
「どーもォ。儲かってる?」
「はい!お陰様で」
「そうじゃ無くっちゃぁ困るね」
ケラケラと暁峰は笑った。
「この子琴が欲しいみたいだから、適当に見繕って」
「はい」
暁峰は楽器に詳しく無いし興味もない。
適当に饅頭をつまみながら待っていた。
楽器屋なんて初めて来たのだろう桃花はオロオロしている。
しばらくすると店員を伴って桃花が戻って来た。
嬉しそうな顔をしているのを見て、暁峰も釣られて口の端を上げ……
「まさかこれ買うの?」
桃花が選んだ琴を指さす。
「え、はい」
「念のため聞くけど、これいくら?」
店員に聞いた暁峰は眉根を寄せた。
「あのね、桃花妹?昨日の俺の話聞いてたかなァ?」
桃花のことを子馬鹿にした愛称で暁峰は呼ぶ。
「え……?」
「こんな安物買ったらね、君のお父さんに馬鹿にされちゃうんだよ。俺が」
「???」
「話にならない」
「ご、ごめんなさい……」
「店員の君、君が決めて。箔がつくやつ。くれぐれも半端なものなんて選ばないで」
桃花がしょんぼりしながら立ちすくんでいる。
その様子を見て、暁峰はもう一度店員を呼び止めた。
「この子に上手いこと選ばせてくれ。機嫌を損ねるわけにはいかないんだ」
店員は一瞬不思議そうな顔をしたが、そこはプロだ。ニコリと笑うと桃花を連れて行った。
「妻って面倒くさ……」
ジュースを飲みながら暁峰は呟く。
しかし、良い琴を選び嬉しそうな妻を見て、彼は今度こそ口の端を上げた。
***
翌日、暁峰は午前中少し仕事を休む事にした。
昨日も午後を半休にした。こんなに休むのなんて何年振りかと思う。
しかし気になってしまったのだ。桃花の琴の腕前が。
人前で弾くなんてほとんどした事がない桃花は「恥ずかしいので少し練習を……」と言ったが、そんなに時間があるわけでもない。
「別に下手でも良い。俺は音の良し悪しが分かるほど育ちが良いわけじゃないよ」
琴なんてほとんど聞いたことないしね、と暁峰が続ける。
桃花は深呼吸していた。緊張で少し顔が青白い気がする。震える指で琴を弾き始めた。
ゆっくりと眠たくなりそうな音色が流れてゆく。
雅なお嬢様にぴったりの楽器だなァと思いながら暁峰は聞いていた。
あ、曲が終わったのか、と思うほどゆっくりと旋律は消えていった。
一拍遅れて拍手をする。
「……下手ですみません」
「そうなの?」
「た、多分……?」
桃花も先生以外に聞かせたことはないらしかった。
音楽の素養の全くない暁峰。
ほとんど人に聞かせることもなく、自分の上手さがよくわからない桃花。
誰もこの演奏が上手いのか下手なのか分からない。
なので、この空間において技術的な良し悪しは分からず、あるのは純粋な好みだった。
「まァ、良い音色だったんじゃないか?」
「ほ、本当ですか?!」
ぶわっと桃花の頬に赤みが差す。
熟れた桃のような色だった。
「……ん。多分。俺は好きだな」
自分の演奏を初めて好きだと言われたのだ。感動したのだろう。
「もっと上手くなります!」
「あ、うん……良かったね。やることができて」
***
あんまりにも桃花が嬉しそうに顔を赤らめるので、つられそうになった。
誤魔化すように暁峰はもう一曲リクエストした。
今度は少し早い曲で、彼の好みだった。
「暁峰様はこういう曲が好きなのですね……」
楽譜を開いて、いくつかの曲に丸をつけている桃花。
それをひょいと覗き込む。
「へェ。琴の楽譜ってこうなっているんだ。素人には全然分からないなァ……ん?」
はくはくと口を開いたり閉じたりする桃花。
桃どころではない。リンゴのようになっていた。
「別にそんなに照れるほどのことじゃないだろう?」
「男性とお話しする事も、ほとんど、なくて……!」
掠れ声でそう聞こえて暁峰はまずいことをしたと気づいた。
「あーごめんごめん。箱入り娘の桃花妹には刺激が強かったか……」
ふるふると頭を振る桃花。
「夫婦になったのですから、このくらい慣れます……!」
「あ、そォ。頑張って。じゃぁ俺は仕事行くよ」
真っ赤な顔でこくこくと頷く彼女。
なーんか、こういうの久しぶりっていうか。
初めてっていうか。
「行ってきます?」
「行ってらっしゃいませ……!」
掠れた声を聞いて、楽しそうに暁峰は息を漏らして笑い、手を挙げた。
***
18時頃、いそいそと帰る準備をし始めた暁峰に側近は驚愕の目を向けていた。
「暁峰様……?!?どこか体調でも悪いのですか……??」
「違う。俺は気づいたんだ」
「何にですか?」
暁峰はニヤリと笑った。
「今日俺は午後前くらいから仕事をした。そしたら、パフォーマンスが上がった」
「はぁ」
「よって、長時間労働するより、短時間で集中した方がパフォーマンスが上がると考えた」
「確かに」
「最高のパフォーマンスをするには、適度に寝て休んだほうが良いと気づいたんだ」
「お前も、若い時の無理は元気の前借りとか言ってたからなァ。そう言えば、数年前体壊してたっけ?」
「はい」
「ということで、もう商談がない日は早めに帰ってゆっくり休み、そのあと家で仕事をやることにした」
「結局やるんですか」
「長時間やるとパフォーマンスが落ちるから仕方なく休んでいるのであって、身体が問題ないなら延々とやっていたいぐらいだからなァ。
そして」
暁峰は側近の方に振り返る。
「俺に付き合って長時間労働しているお前にとっても良くないと思った。
嫁に逃げられた時はパフォーマンスがガタ落ち。3日も休みやがった。
お前らは俺より精神が弱い。パフォーマンスを上げるため休め。
そして、翌日からキリキリ働け」
「じゃね〜」と手を振って帰って行く暁峰を見て、側近は思う。
「お嫁さんのお陰……なのか?」
***
「ただいま」
「おかえりなさいませ、旦那様」
カバンを持とうとする桃花を制す。機密書類が入っているから触るなと言った。
「んで?今日は肉まん以上の成果を出したの?」
「えっと……あんまんを買いました」
「それは成長してるの?まぁ後退はしてないからいいか」
「琴、琴も弾きました」
「楽しかった?」
「はい」
「ん、それは成長だね」
ぽん、と思わず頭を撫でてしまって、暁峰はまずいことをしたと思った。
「な、泣かないでよ?マジで……」
「な……泣きません……」
リンゴのようになっているだけで、泣きはしなかった。
背の高い暁峰と背の低い桃花。
ちょうど良いところに頭があったのだ。
「さっさと飯を食おう」
「は、はいっ」
夕食を取りながら、暁峰が言った。
「頼みがあるんだけど」
「何なりと」
「俺が帰ってくるまでに風呂入っといてくれない?」
「えっ……なぜですか?」
「飯食ったらさっさと風呂入って仕事したいから」
「暁峰様はお仕事ばかりで飽きないのですか……?」
「はァ?飽きるわけないだろ?マネーゲームほど楽しいものはない」
「……私の琴と同じですね。ずっとできるのですね」
「いーや違うね」
汁物を飲みながら、暁峰は言う。
「君は世の中を知らなさ過ぎる。
琴は今君が知っている中で一番楽しいものってだけだ。
俺は色々経験した上で、これが一番楽しいんだ」
なるほど……と桃花は感心したように言った。
「だから、肉まんだのあんまんだの言ってないで、色々やってみろ。
これがなくては死んでしまうと思うほどのものを見つけるんだ」
「わ……分かりました」
「幸い、君には自由に使える金があるんだから」
そう言うと、暁峰はデザートの黄桃を桃花に譲った。
「まずは色々な物を食べたら良い。少しは良い経験が積めるだろう」
次回 桃花視点の暁峰です




