第三話 人生は楽しむためにある
翌日、暁峰は早く出て商会へ向かった。
どうなったか気になっている土地の件について、電話をソワソワしながら待つ。
あァ!楽しくて仕方がない!
電話を受けると、すぐに金を持って向かった。
桃花のことなんてすっかり忘れて、彼は仕事をしていた。
しかし、商談から帰ってくると側近がまたお小言を言う。
「奥様が待っているのですから、今日は早く帰られては?」
「お前どこでそれを……まぁ、いい。だから何だ」
「早く帰らないのですか?」
「アイツも好きにやってるよ」
「だとしても慣れない生活をしているのですから、暫くは早く帰って差し上げるべきですよ。そんなことでは、愛想をつかされて逃げられます」
「お前のように?」
「反面教師にして下さいませ」
しつこい小言にげんなりする。
「大丈夫だ。あいつにはうちしか居場所がない。逃げるに逃げれないよ」
「訳ありのようですね」
「訳ありな人間の方が多いだろ。この街は」
話を打ち切ってペンを進めようとする暁峰に、側近は言った。
「ですが、あなたはそういう人に心を痛めているのでは?」
「いちいち痛めていたら、心なんて粉々に砕けてるよ」
暁峰はケラケラと笑う。
「砕けたから金にしか興味がないのでしょう」
「余計な事は良いから仕事して?」
***
「父さん、あれで良いのですか?」
初めて父親の仕事について行った日、暁峰は衝撃を受けた。
「あれで良いんだよ、暁峰。あぁして借金で首を回らなくしたら、彼らは延々と働かなくてはならなくなるんだ」
「お金が返し終わるまで働き続けるんだね」
「違うよ。延々だ。彼らはそういう契約書にサインをしてしまったんだ」
それはひどいんじゃないかと暁峰は思った。
金が返せなくてその契約書にサインしなければならない状況だったのだ。
「それは騙しているんじゃ……」
そう口答えした瞬間、暁峰は張り倒された。
「こうなる前に、私達のようなところで金を借りる馬鹿だからいけないんだ。賢い人間はウチで借金なんかしないだろう?騙される方が悪いんだよ」
「暁峰。この仕事を甘く見るな。そうやって我々は財を成してきた。先代に恥じぬよう、金を集めることだけ考えろ」
貧富の差の激しいこの街で、助けられる人間は少ない。
バカと貧乏人は搾取されるのみ。
「……分かりました、父さん」
***
「って、偉そうに言ってたバカな父さんは俺に追い出されたんだけどねーーー!!!あー今思い出してもスッキリする!!!」
暁峰は家に帰りながら車の中で笑っていた。
「そう思うだろ?」
「……」
運転手は気まずそうにした。
つまらないな、と暁峰は思った。
そして、家に帰ったら桃花がいることに彼は面倒臭さを感じていた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、旦那様」
桃花を見ると、口元がニヤニヤしていた。
「何かあったの?」
「え、あ、すみません……」
「良くないことだったら、早めに報告してね?」
「大丈夫です。良いことなので」
たたた、と桃花は走って行った。
途中まで言って止められたようで気になる。
侍女に用意してもらった夕食を食べた。桃花も一緒だった。
「別に待っていてくれなくて良いよ」
「すみません、でも好きで待っていたらこうなりました」
「……あっそう」
好きにしろと言った手前、何も言い返すことができない。
夕食を食べ終わると、桃花は領収書を出した。
「とても楽しませていただきました。ありがとうございます」
そこには屋台の肉まんの領収書があった。
「え?これだけ?」
「えっ」
「あ、いや、良いんだけど……」
こんな数百円の領収書を出されても困る。
「ねぇ、まさか良いことってこれ?」
「は……はい……?」
「肉まん食べたことないの?」
「すごく美味しい肉まんだったので……近くまで買いに行くのも楽しかったですし……」
「え、買いに行ったの?屋台まで?」
名家のお嬢様だ。こんなもの買いに行くとは思わなかった。
「あまり外に出たことがなくて……」
「街に出たことないなら危ないよ。もう少し安全な場所に行きなよ」
「世間知らずですみません。屋敷の中しか自由に移動できなかったので」
「え?そうなの?お付きの人とも?」
「はい……存在が良くないみたいで」
そういえば、暁峰もこの子の存在を知らなかった。
顧家の娘は3人だ。そのどの子でもない。
「妾の子で外聞が悪いので……」
「なァるほど……」
「暁峰様に自由にして良いと言われて、嬉しくてはしゃぎすぎました。すみません」
「まァ、侍女を伴ってなら良いか。治安の悪いところには行かないようにね。大通りだけ歩くこと」
「はい……」
はしゃいだのを恥ずかしく思っているらしく、顔を赤らめている桃花。
暁峰には全く理解できない感覚だったが、お嬢様だからだろうと適当に納得した。
「今日外に出たのはそれきり?」
「は、はい。体力が無くて、疲れてしまって」
「そりゃぁそうか。家では何してたの?」
「何も」
「え」
「何もしていません」
常に動いていないと気が済まない暁峰には信じられなくて愕然とする。
「な、何もって!1日あったんだよ?!約10時間!肉まん買いに行っただけ?!?」
「は、はい……?」
「趣味とか無いの?!」
「琴を弾く事でしょうか」
「琴……?」
さすがお嬢様。雅な趣味だ。
「琴持って来てないの?」
「邪魔だから、置いていけと」
そう言われて、暁峰は嫌味な笑みを浮かべた。
「俺に買わせる気かよ。いい度胸してんなァ……」
それを聞いて桃花は焦り出す。
「い、いりません!琴は値が張ります!肉まんとは訳が……」
しかし、琴の件は暁峰の闘争心に完全に火をつけてしまったらしかった。
「いーや、買うね。君の親父は俺を馬鹿にしてる。琴の一つや二つ買う金をケチると思われたら屈辱だ」
今度は桃花に理解できない感覚だった。訳がわからなくて頭にはてなマークを飛ばす。
商売する人はこういう感覚のなのだろうと、無理やり自分を納得させた。
「それと、俺は無駄が嫌いなんだ。
タイムイズマネー。
18歳の女の子が10時間も何もせずぼうっとしてるなんて、考えるだけで耐えられない。
老人じゃ無いんだ。
もっと!自らの時間を!大切にしろ!」
指を指されて桃花は狼狽えた。
「で、でも、何が役に立つのか……」
「楽しい事をするんだよ!楽しむために人生はあるだろう!!!」
そう言われた桃花は固まっていた。
うわ、何熱弁してるんだ恥ずかしい。
暁峰は脳内でそろばんを弾いた。
「とにかく、琴でも肉まんでも何でも良いから、10時間を好きな事で埋めるんだ」
そう言って見た桃花はぼろぼろと泣いている。
それを見てギョッとした。
「分かった!強制しないから好きにしてよ!とりあえず琴買ってあげるから!」
次回 琴を買いに行く2人。
桃花を揶揄う暁峰ですが、桃花の反応に思ったようにいかず……




