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Re:winDriv:eR《リワインドライバー》~人類転生計画~  作者: 長月 鳥


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本音

 深い、どこまでも深い闇の底のようだった。

 五感が消失し、熱も冷たさも、自分の輪郭すら曖昧な虚無の空間に居た。

 俺は、死んでしまったのか。ここは地獄なのだろうか。


「リンネ様、ありがとうございました」

 闇の向こうから、鈴を転がすような、だがどこか酷く儚い声が響いた。

 声の主を探して視線を巡らせると、そこに一人の少女が佇んでいる。白磁の肌に、燃えるような金髪。それは、ここ最近、姿見の中で毎日のように見ていた俺の姿だった。


「ベロニカ?」

 不思議な感覚だった。

 トーチャーの時と似ているが、あの時は脳内での一方的な会話だけだった。だが、今はしっかりとベロニカという一人の存在を、この目で認識できる。


「はい、初めてお目に掛かりますね……って、そうでもないですか?」

 ベロニカは、クスリと笑った。

 俺が身体を借りていたときには気付かなかったが、本当に人形のような可愛らしさだ。


「ここは一体、どこなんだ?」

「私の中だと思います」

「ベロニカの?」

「ええ。一つの身体に二つの精神が入っていることなんて、私も見聞きしたことがありませんが……なんとなく自分の感覚で、そう確信しております」

 なんとなく、か。俺もなんとなく分かってきた気がする。

 転生した身体に、なんらかの異変が起こる。あるいは死ぬ間際に、その身体の奥深くに眠っていた本来の持ち主の精神が目覚めてしまうのかもしれない。トーチャーの時もそうだった。だけど――。


「礼を言われる身じゃないよ、ベロニカ。本来なら謝罪すべきだ。勝手に身体を借りてしまって」

 選んだのが俺じゃないとしても、この転生という結果を生み出したのは、俺の過去の選択だ。本当に、申し訳ない。


 ベロニカは優しく微笑みながら首を横に振った。

「余命幾ばくもない、ただ部屋で死を待つだけだった私が、まさかあんなに大勢の人々を救い出すことができるなんて、思いもしなかった……。今日、あの部屋で家族たちが抱き合って涙を流しているのを見た時、胸の奥がとても温かくなったの。私、最後に素晴らしい思い出ができました。本当に感謝しています」

 ベロニカは静かに目を伏せ、胸の辺りに手を当てた。丁度、黒い呪いが目に見える場所だ。

 その顔は、まるですべての未練を断ち切った聖女のように穏やかだった。だが、同じ意識を共有している俺には、彼女の本当の気持ちが手に取るように伝わってきた。


「リンネ様。あなたの記憶を見たわ。あなたの世界のこと……救わねばならない大切な人のこと。そして、あなたがこの世界で、私の身体に宿ったまま死を迎えてしまったら、あなた自身の魂まで完全に消滅してしまうかもしれないということも」

 ベロニカは一歩、俺へと歩み寄った。その瞳には、悲痛な決意が宿っている。


「私はもう大丈夫です。私と一緒に、ここで理不尽に死ぬ必要なんてないわ。私はこのまま、自分の運命を受け入れる。あなたは……あなたの世界に帰って、そして、自分の成すべきことを……」

 早く行って、と彼女は俺の背中を押そうとする。

 俺の成すべきこと。未来を助けること。やっぱり、お互いの想いが深く伝わってしまっている。


 だとしたら──。


「ふざけるな」

 俺の冷たい声が、漆黒の空間をピシャリと叩いた。ベロニカが驚いたように目を丸くする。


「何が『もう十分』だ。何が『素晴らしい思い出』だ。強がりを言わないでくれ」

 俺はベロニカの手首を掴み、強引に彼女の顔を覗き込んだ。意識が繋がっているからこそ、俺には分かっていた。彼女の魂の奥底で、今も、張り裂けんばかりのドス黒い悲鳴が渦巻いていることを。


「死にたくないんだろ。十四歳で人生を終えて、世界の綺麗なものも、他愛のない恋も、何一つ知らないまま人形みたいに壊れるのが、悔しくて堪らないんだろ。だったら、はいそうですかと諦めてんじゃねえよ。みっともなく足掻け!」

「だって、もう魔物は見つからない……私は、あと一ヶ月も……」

「ダメだ。最後まで諦めるな。お前が諦めても、俺が絶対に諦めない。お前に呪いを仕掛けたその魔物を、地獄の果てまで追い詰めて、この手で絶対に殺してやる。お前の未来を、勝手に終わらせてたまるか!」

 傲慢で、泥臭い怒号だと思う。

 思い返してみると、城の皆のベロニカに対する優しさは、諦めにも似ていた気がする。きっと、国を挙げて死ぬほど探した結果だったのだ。だからベロニカ自身も、これ以上皆に迷惑をかけたくないとの想いで、心を殺していた。

 そんなの、あんまりじゃないか。それを知ってしまったからには、俺は、俺が出来ることをやる。


 瞬間、ベロニカの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。

「……あ、……ぁ」

 彼女は俺の胸元を、か細い指先で強く、痛いほどに毟るように掴み、子供のように声を上げて泣きじゃくった。


「生きたい……! 生きたいわ……!! まだ、何もしていないの! 誰かのためにも、私自身のためにも、もっと、もっと頑張りたい! こんな暗い部屋で、ただ消えるだけの人生なんて嫌……! 助けて、お願い、私を助けて……!」

 それが、贅沢な檻の中に閉じ込められ、絶望に明け暮れていた少女の、本物の慟哭だった。


「ああ、任せろ」

 俺は泣きじゃくるベロニカの身体を、静かに、だが強く抱きしめた。

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