綾崎Log
※(綾崎純一視点)
【私記:RE:ER・27499】
転生管理機構《Re:incarnation》暫定運用要綱(抄)
記録者:主任研究員 綾崎純一(日本・統合危機対策学際研究室)
私と同様に、地球の終末を憂いていた研究者夫婦がいた。
専門分野こそ違えど、破滅への打開策を模索していた彼らは、我が『転生計画』の理念に賛同し、組織へと加入した。
彼らの家庭環境にまでは興味が湧かなかったため、詳細なプライベートは預かり知らぬ。だが、彼らは異口同音に「守らねばならぬ者がいる」と口にし、終末回避に懸ける信念は並々ならぬものがあった。
そして、その狂信的なまでの信念──いや、飽くなき探究心と言うべきか。それはやがて、二人を一つの極論へと導くことになる。
果たして異世界は、真に安全なのか。地球の代替となり得る星なのか。
転生という現象の理論、結論、そして結果。それらの正当性を証明するためには、自らの命を賭す覚悟が必要であると、彼らは結論づけたのだ。
だからこそ、彼らは自ら望んで転生の被験者となる道を選んだ。
……そう。彼らは私に対し「標的にしてくれ」と懇願したのだ。
転生を熱望する者を、そのまま異世界へ送り出す。それが容易に罷り通るならば、異世界側の秩序は根底から崩壊しかねない。
仲介者であるフォーミストは一度こそ拒絶した。だが、女神との交渉の末「こちらの管理干渉が行き届かなくなること」を条件として、その要求を呑ませた。
私が彼らに協力する理由は、最終的には異世界の乗っ取りだが、むろん彼らには気付かれてはならない。協力する理由を曖昧にしている以上、転生者の情報管理を快く思っていないことは理解できる。
残念だが、夫妻には自力で切り抜けてもらうほかなかった。
そして、それは客観的に見ても、あまりに危険極まりない自殺行為だった。
いくら初期スキルを付与されるとはいえ、法も秩序も存在しない未開の異世界で生きていくなど、狂気の沙汰だ。だが、あの夫婦は「人類存亡のため」と、最後まで決意を曇らせることはなかった。
そうして、二人は向こう側へと旅立った。
今もどこかで、泥を啜ってでも存命していることを願うばかりだ。
そして、その夫婦と同姓の青年。
納戸輪祢。
私の端末の中で、彼の個人情報だけが、本人の与り知らぬところで異常な速度で増殖を続けている。
これは、彼が異世界で転生を繰り返している可能性を如実に示唆していた。
タイムリープは、確かに存在している。
彼が向こう側で死に戻るたびに、地球の時間軸は密かに巻き戻り、因果の特異点である私の元にだけ、その『情報の更新履歴(差分データ)』が成されているのだ。
当初、彼に付与されていた【リワインド】という意図不明のスキルが、その一端を担っていることは容易に予測できた。
その仮説を確たるものにすべく。私はフォーミストへ、ある提案を持ちかけた。
「異世界でも、彼を殺してくれないか」と。
フォーミストは、私を見て「狂人染みているな。だが、嫌いじゃないぜひねくれた学者は」と歪に笑った。
だが、直接手を下すことは不可能だと彼は首を振った。
転生した者を殺すということは、すなわち異世界の住人を殺戮することと同義。異世界の神が、そんなシステム上の不敬を許すはずがない、と。
確かに、異世界を救うために送り込んだ転生者を、管理側が自ら破壊するなど矛盾も甚だしい。
ならば、器を生かしたまま、定着した「魂だけ」を殺すことは可能かと問うた。
フォーミストは「流石、頭の良い学者は察しが良い」と、また不敵に笑った。
「ソウルディボース。魂の切り離しというやつだ」
彼は言葉を続けた。
転生させた先が異世界側に致命的な不都合をもたらす者だった場合。あるいは、あまりにも品行方正に欠け、神の意思にそぐわない『バグ』だと判断された場合、その処置が適用されるケースがあるという。
もっとも、その神という存在も、すべての転生者を24時間監視するほど暇ではないため、それが執行されることは滅多にないとも付け加えた。
私は、その『滅多にない例外』を、今すぐ納戸輪祢に対して実行するよう進言した。
「あんたは、俺たちの世界の維持によく貢献してくれているからな。良い返事を持ってきてやるよ」
フォーミストはそう言い残し、煙のように空間から消え去った。
そして、私の記録に、またしても納戸輪祢の新たなデータが書き足された。
彼は、三度目の帰還を果たしたのだ。




