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Re:winDriv:eR《リワインドライバー》~人類転生計画~  作者: 長月 鳥


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怨敵ゴルゴンデューサ

 重厚な石扉を押し開けた瞬間、そこは、時が凍りついた静寂の墓標だった。


 不気味に明滅する巨大なレアストーンの冷たい残光に照らされ、何十体もの人間が、生々しい絶望の表情を浮かべたまま石像となって乱立している。その薄暗い迷宮の最深部に、見紛うはずのない姿があった。

 アルス。セシル。ライラ。フィフィ。

 かつての俺の仲間たちが、あの最悪の日の、互いを庇い合おうとした姿勢のまま、冷たい灰色の石塊と化して佇んでいた。皮膚の質感も、衣服の皺も、すべてがそのまま石へと変えられている。そのあまりの生々しさに、胸が締め付けられる。


「……ッ」

 思い出すだけで、喉の奥から酸っぱい胃液がせり上がってきた。悪寒が背筋を疾走し、強烈な吐き気が脳を揺らす。

 その部屋の中央、とぐろを巻く巨大な蛇の躯と、頭部で無数にうごめく毒蛇の髪を持つ、あの悍ましい魔物がこちらを睨みつけていた。


「ゴルゴンデューサか。また厄介な大物を残していたものだな」

 ベアリウスが、低く、だが微塵の揺らぎもない声で呟いた。


「皆さん、奴の直視は禁物です。あの邪眼に見つめられれば、一瞬で肉体が石へと侵食されます。対抗策として目を合わせぬこと、あるいは鏡の盾が有効ですが、奴の石化魔法を反射したとて、術者本人は石化しません。つまり……最初から目を瞑ったまま戦うのが上策かと」

 絶対強者であるベアリウスをして、そう言わしめる難敵。

 一度アルスとして戦った俺は、奴の本当の恐ろしさを誰よりも、この魂の髄まで知っていた。ゴルゴンデューサのパワーとスピードは、尋常の域を超えている。あいつは最初から全力で俺たちを殺そうとはしなかった。まるで猫が捕らえた鼠を執拗になぶるように、じわじわと痛ぶり、体力を奪い、精神が疲弊しきって絶望したところに、あの邪眼の光を浴びせたのだ。あの時、俺の仲間たちがどんな目をしていたか、思い出すだけで発狂しそうになる。


 これだけの精鋭部隊を引き連れてきたのだ。負けるはずがない。そう息巻いていた。

 だが、いざあの魔物の前に立ち、その生暖かい、皮膚を這うような邪悪な気配を肌で感じた瞬間、ベロニカの華奢な足が、ガタガタと目に見えて震え始めた。

 息が詰まる。指先が急激に冷たくなり、自分の意思では思うように動かない。


(本当に……倒せるのか……?)

 いくら周りが化け物揃いでも、視界を完全に閉ざした状態で、あの超常的な速度の質量兵器を相手にできるのか。

 急激な恐怖が脳の全域を支配し、思考は歯止めを失って最悪の方向へと傾斜していく。


(もしかして俺は、また選択を間違ってしまったんじゃないか?)

 周囲に立ち並ぶ、無数の石像。なぜ、この魔物は犠牲者たちを粉々に破壊せず、こうして綺麗に並べて保管しているのだろうか。

 冷や汗が滝のように背筋を伝う。

 あいつは、わざと石にした人間を壊さずに残し、彼らを救いに来る「次の獲物」を誘い出すための囮にしているのではないか。

 俺が王女の権力を使って強者を揃えることすら、この魔物の、あるいはこの世界を裏で操る何かの、計算通りだったとしたら……。


 暗い疑心暗鬼が、ベロニカの狭い胸の奥で、黒い毒のように広がっていった。

 自分がまたすべてを台無しにするのではないかという恐怖に、奥歯がガチガチと鳴る。


「下がっていてくれ、姫殿下」

 その時、ガレスが俺の肩に手を乗せて言った。

 大きくて、分厚くて、ひどく暖かな手だった。今の俺の身体が、折れそうなほど華奢な少女のものだからだろうか。その手の平から感じられる圧倒的な重みと、絶対的な安心感によって、氷ついていた血液が巡り、身体の震えが急速に収まっていくのが分かった。


「気を付けてください……」

 俺はベロニカの震える声をなんとか絞り出し、ゆっくりと俯きながら後ずさった。安全圏へと逃れる俺の背中を、ガレスの大きな背中が遮るようにして守る。


「目を瞑る? 些事なことですね」

 ヴァイオレットが、ふっと薄い唇を吊り上げて小刀を構えた。

 そういえば、彼女は最初に謁見の間で会ったときから、一度も瞼を開けていない気がする。彼女にとって、世界の闇など今更恐れるに足りないものなのだ。


「部屋の空気全体を凍らせて、音の反響で奴の位置を特定する」

 ヒュルメイルバイガーが、凡人には到底理解できない超次元の理論を淡々と口にし、白銀の杖を持ち上げた。詠唱の気配すらない。ただ、彼を中心に絶対零度の魔力が、文字通り波紋となって部屋中に広がっていく。


「石像を壊さぬように戦うことだけが、少々難儀じゃな」

 ベアリウスもまた、完全に両目を閉じたまま、愛剣の柄へと手をかけた。目を瞑っているというのに、その佇まいには一切の隙がない。それどころか、視覚を遮断したことで、彼らの五感はより研ぎ澄まされ、部屋全体の空気が張り詰めた弦のように震えている。


 かつて俺たちを絶望のどん底に叩き落とした、怨敵ゴルゴンデューサ。

 それが今、王国の最高戦力を前にして、初めて「捕食者」から「獲物」へと引きずり下ろされた。

 

 そして、勝敗は瞬く間に決した。

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