ダンジョンへ
余命、一ヶ月だと?
ガレスの口から放たれた言葉が、鼓膜の奥で酷く歪んだ音を立てて弾けた。
だけど、なぜか他人事のようにも聞こえた。
確かにベロニカは他人だ。俺とは、本来なら交わるはずのない、画面の向こうの登場人物のような存在。だが、今この肉体を動かし、肺の奥で焼けるような熱を感じているのは、紛れもない俺自身だ。
ということは、俺があと三十日で死ぬということか。
(そんな転生、ありかよ……!)
ふざけるな、と毒づく声すら喉の奥で引き攣る。
アカシアは「目的を果たせば地球に戻れる」と言った。だが、この器が壊れてしまえば、魂ごと異世界の藻屑と消えるのではないか。ベロニカの寿命が来たら、また都合よく四度目の死に戻りができるなんて、そんな都合のいい保証はどこにもない。
何より、この哀れな王女の人生の結末を「残念でした」の一言で終わらせていいはずがなかった。
どうする。アルスたちを救うよりも先に、呪いをかけた魔物を探すべきだったんじゃないか?
最初からこの事実を知っていれば、こんな悠長にダンジョンへ向かう馬車になんて乗っていなかった。
いや、だが、アルスたちのことも放り出せるはずがない。あいつらは、俺の無鉄砲な巻き添えを喰らって石にされたのだ。
思考が、最悪の堂々巡りを始める。激しいパニックが、ベロニカの華奢な胸を内側から掻き乱した。
「姫殿下? 大丈夫か? まさか本当に忘れていたのか……いや、あるいは現実逃避か」
ガレスが、痛々しいものを見るような目で俺を見つめていた。
不憫。ああ、そうだ。ガレスの目に映るベロニカは、まだ十四歳を過ぎたばかりの、あまりにも若く、そして理不尽に死を待つだけの少女なのだ。
「もうすぐダンジョンだ。姫殿下は外で待機していても構わん。ここで安静にしていてくれ。……俺は、この救助部隊を編成してくれたあんたに、感謝してもしきれない。あとは、俺たちに任せてくれればいい」
ガレスの真っ直ぐな瞳が、揺るぎない決意を物語っていた。
馬車の外を固める面々──セシルの父親、ライラの姉、フィフィの祖父。みんな、大切な人をあの暗闇から救い出すために、命を賭してここに集まったのだ。
今は、彼らの想いを裏切るわけにはいかない。ベロニカの、俺の呪いのことは、この一件を片付けてからだ。まだ一ヶ月はある。必ず、どちらも捻じ伏せてみせる。
俺は深く息を吸い込み、王女の仮面を被り直した。
「私も行きます」
足手まといになることは、百も承知だった。王女の肉体は脆弱で、戦いの役には立たない。
だが、大切な仲間たちが命を懸けている戦場を、安全な馬車の中から黙って見届けることなんて、俺にはできない……したくない。きっと、俺にだってできることはある。
「……分かった。安心してくれ、姫殿下」
ガレスは小さく息を吐くと、俺の細い手を、その無骨な手で包み込むように握りしめた。
「俺が、命に代えても守ってやる」
かつて俺を奈落へ突き落とした男の言葉に、皮肉にも、今の俺はかつてない安心感を覚えていた。
どんな理由があったにせよ、トーチャーにした仕打ちは許しがたい。だけど、弟を思う気持ちが伝わってくる。今はガレスに頼るしかない。
ほどなくして、ダンジョンの入り口に辿り着いた。
間違いない、ここは俺がアレスとして嬲られた挙げ句、石にされた場所だ。
思い出すだけで悪寒が背筋を走り、吐き気がしてきた。




