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Re:winDriv:eR《リワインドライバー》~人類転生計画~  作者: 長月 鳥


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ベロニカ

※(ベロニカ視点・リンネが転生してくる半年前)


 純白の肌を這う、漆黒の網目。

 それを見つめることしかできない無為な日々が、もう半年も続いていた。

 

 姿見の前に立ち、ベロニカ・サンスラサクスは自らの身体を抱きしめるようにして、深く、重い溜息を吐き出した。絹のネグリジェの隙間から覗く胸元には、心臓へ向かって触手を伸ばす蜘蛛の巣のような痣。魔族の放った『絶命呪』の刻印だ。

 触れても痛みはない。ただ、酷く冷たかった。

 自らの生命力が、一滴、また一滴と、砂時計の砂のように擦り切れていく感覚だけが、皮膚の裏側に張り付いて離れない。


(どうして……どうして、私なのですか)


 喉の奥まで出かかった問いを、ベロニカは暗い部屋の空気へと飲み込んだ。

 神に祈っても奇跡は起きず、泣き叫んでも呪いの針は止まらない。ただ、胸の奥を焼くような絶望だけが、日ごとにその濃度を増していく。


 十四歳。この世界において、それは子供の終わりを告げ、一人の大人として社会へ踏み出す、祝福の年齢だった。

 王族という至高の血脈に生まれたベロニカにとって、それまでの人生は、豪奢だがひどく息の詰まる“檻”の内部と変わらなかった。

 幼少期から、周囲にいたのは白髪の文官や、感情を殺した近衛騎士、あるいは言葉の端々に毒を仕込んだ老練な貴族たちだけ。大人たちの視線に晒されながら、一国の第一王女としての品格を叩き込まれる日々。朝から晩まで、歴史、地政学、帝王学の講義が続き、わずかな休息の時間はハープの習い事や、退屈な礼儀作法の反復に費やされた。

 

 同じ年頃の友人は、一人もいなかった。

 窓の外、城下の広場で砂埃にまみれて笑い声を上げる平民の子供たちを、ベロニカはいつも、遠い星の住人を眺めるような心地で見つめていた。

 絵本に描かれるような、他愛のない秘密のお喋り。手を取り合って歩く、胸が苦しくなるような恋。

 そんな瑞々しい青春への憧れが、ベロニカの胸の奥には、小さな灯火のようにずっと燻り続けていたのだ。


「ベロニカ。十四の誕生日を迎えれば、お前にも自由を許そう。城下の視察も、他国への遊学も、お前の望むままに世界を広げるといい」

 父王からそう告げられた夜、ベロニカは生まれて初めて、未来というものに心を躍らせた。

 やっと、この退屈な教科書だけの世界から抜け出せる。自分の足で大地を踏みしめ、風を感じ、まだ見ぬ誰かと出会うことができる。大人たちに囲まれた窒息しそうな生活から解放され、一人の少女としての人生が、ようやく始まるのだと信じて疑わなかった。


──あの最悪の夜が訪れるまでは。


 地響きと共に城壁が崩れ、漆黒の魔族たちが夜空を埋め尽くした、十四歳の誕生日の夜。

 王国の誇る聖白騎士団の応戦により、襲撃そのものは短時間で鎮圧された。人間の圧倒的な勝利。大人たちはそう言って胸を張った。

 だが、混乱の最中、寝所に滑り込んできた一匹の魔族の影を、ベロニカは今も鮮明に記憶している。

 酷く生暖かい、腐肉のような風が頬を掠めた。細い首筋に触れた、凍るような指先。耳元で囁かれた、獣の啼き声に似た不吉な呪詛。

 それが、すべての終わりだった。


 翌朝から、ベロニカの世界は一変した。

 始まったのは自由な旅ではなく、幼少期よりもさらに狭く、冷酷な「監禁生活」だった。


「ベロニカ、部屋から出てはならない」

「姫様、本日の魔力値の測定を行います。動かないでください」

「医師団の許可が下りるまで、外界の空気を取り入れることは禁じます」


 呪いをかけた魔物が特定され、討伐されるまでは完全なる外出禁止。日に何度も行われる、健康状態の冷たいチェック。

 自由になるはずだった日々は、かつての檻よりも強固な、ガラスの揺り籠へと形を変えた。何よりベロニカを絶望させたのは、宮廷医たちが廊下で交わしていた、潜めるような囁き声だった。


「……絶命呪。術者が健在である限り、あと一年あまりで、第一王女殿下の心臓は停止する」


 頭の芯が、真っ白に染まった。

 あと、一年。

 私の人生は、まだ始まってもいないのに。

 誰かと恋をすることも、広い世界をこの目で見ることも叶わないまま、この薄暗い寝室のベッドの上で、ただ肉体が腐り果てていくのを待てというのか。


「お父様……魔物は、あの魔物はまだ見つからないのですか?」


 すがるように問いかけても、父の瞳に宿るのは、狂気にも似た焦燥と、ベロニカを直視できない卑屈な哀れみだけだった。

「探している。国の総力を挙げ、どんな犠牲を払ってでも見つけ出す。だから案ずるな、ベロニカ……」


 その言葉が、どれほど虚しいか。半年が過ぎた今も、呪いをかけた魔物の足取りは、煙のように掴めないままだ。

 

 城の大人たちは、みんな優しい。ベロニカが少しでも顔を顰めれば、彼らは世界が滅びるかのように狼狽え、何でも言うことを聞こうとする。

 だが、その優しさは、死にゆく者への憐れみでしかないことを、ベロニカは痛いほど理解していた。

 誰も、私の本当の恐怖を分かってはくれない。誰も、この暗闇から私を連れ出してはくれない。


(……誰か、私を助けて……)


 窓の外から届く、名もなき鳥のさえずりが、今のベロニカには酷く恨めしかった。

 絶望の底に沈みながら、彼女はベッドに横たわり、静かに瞳を閉じる。


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