呪い
ダンジョンへと向かう馬車の中、向かいに座るガレスが俺を真っ直ぐに見据えていた。
かつて鉱山の暗がりで見たくすんだ赤い鎧が、今日は陽光を浴びてやけに鈍い輝きを放っている。その瞳にあるのは、王族への敬意などではない。どこまでも冷徹で、執拗なまでの「疑念」だった。
「……姫殿下。一つ、伺ってもよろしいか」
「何かしら。許すわ、言いなさい」
俺はベロニカの鈴を転がすような声で応じ、自然な動作で扇を広げて口元を隠した。
この不自由で可憐な姫様の口調にも、ようやく馴染んできた。言葉に詰まることも、もうない。
「なぜ、縁もゆかりもないはずのアルスを……俺の弟を助けるなどと言い出した。あなたの立場なら、野良の冒険者の一人や二人、石像のまま路傍に捨て置いても誰も文句は言わないはずだ」
彼が疑問に思うのも無理はなかった。
だが、これは俺の身勝手な行動で取り返しのつかない迷惑をかけた、アルスへの罪滅ぼしなのだ。初めての転生で浮かれ、世界の理も知らぬまま無鉄砲に動いた自分への嫌悪。もっと慎重になるべきだった。アルスを、そして他のみんなを助けてやらなければ、俺はこの先もずっと、悔やみ続けることになる。
この王族の力で、トーチャーとノエルを助けることができた。なら、アルスたちだって救えるはずだ。たとえそれが自己満足だと言われようと、これは俺が背負うべき責務だった。
「……ただの気まぐれよ」
「そうか……気まぐれで、これだけの兵力を動かすか」
ガレスは顔を顰め、荷馬車の外へと目を向けた。
そこには、王の権限によって招集されたこの国の「生ける伝説」たちが、ある者は軍馬を走らせ、ある者は重厚な荷馬車に鎮座している。
王国騎士団団長、別名「覇道の体現者」ベアリウス。一振りの剣で空間ごと敵を断つと言われる偉丈夫。
王立魔法学園学長、別名「絶対零度の賢者」ヒュルメイルバイガー。彼が呪文を唱えれば、燃え盛る火竜ですら一瞬で氷像へと変わる。
影から王室を支える隠密頭、通称「千の絶命」ヴァイオレット。
そして、聖教会から派遣された最高位の治癒術士、別名「極楽浄土」法王セバスチャン。
ガレスの口から漏れるのは、現代のラノベの最終決戦でもお目にかかれないような、過剰なまでに強大な通り名ばかりだった。このメンバーなら、S級ダンジョンの最深部すら文字通り「更地」に変えられるに違いない。あの過保護な王が、最愛の一人娘を任せたのも、自分たちも同行すると豪語したのも、これだけの化け物たちが控えていればこそだと頷けた。
「……これだけの戦力を揃えたんだ。あいつを救うには十分すぎる。だが、姫殿下」
ガレスの声が、一段と低くなった。
彼は窓の外から視線を戻し、再び俺を──ベロニカの瞳をじっと凝視した。
「自分の身体のことは、どう思っておられる」
「……自分の身体?」
なんのことだ。俺は首を傾げた。
「この出兵は、俺にとっては暁光だ。だが、あなたは自分に呪いをかけた魔物を探すことが先決なんじゃないのか。弟を石にした奴とは、何の関係もないんだぞ」
呪い?
脳裏に、あの肺を焼くような熱と、ハンカチを汚した黒い血の味が蘇る。あれは病気などではなく、呪詛の類だったのか。
「……わたしの身体には、一体どんな呪いが」
「……」
ガレスは一瞬、からかわれているとでも思ったのか、不機嫌そうに眉根を寄せた。だが、俺の目が本気だと知ると、諦めたように吐き出し、その詳細を語り始めた。
一年前、ベロニカ姫が十四歳になったその夜、王国は凄まじい魔物の襲撃を受けた。この世界において、それは珍しいことではない。当時から強大な軍備を誇っていた王国は、難なくそれに応戦し、魔物を叩き潰した。
だが、その激戦の隙を突き、ベロニカ姫に呪いをかけた個体がいた。
呪いは、かけた術者を殺すことでしか解除されない。王国騎士団は襲撃してきた魔物を一匹残らず討伐したはずだったが、王女の呪いが解けることはなかった。
ただ一匹、その呪いをかけた張本人だけが、煙のように行方をくらませていたのだ。あるいは、その魔物の逃走こそが、襲撃全体の本来の目的だったのではないかとさえ囁かれている。
国王は、国の総力を挙げてその魔物の特定と討伐に邁進した。だが、一年が経った今も、その足取りは掴めていない。
「その呪いの名は、絶命呪。……あなたの命は、長くてあと一ヶ月だ」
心臓が、冷たく、激しく跳ねた。
王様が、レアストーンをかき集めてまで魔道具を作らせていた理由。
探知スキルの持ち主を、血眼になって探し回っていた理由。
すべては、ベロニカの寿命が尽きる前に、世界に隠れ潜むその魔物を炙り出し、屠るためだったのだ。
「お前のためにやっているのだよ」
王様の狂気的なまでに歪んだ慈愛の言葉が頭の中で木霊する。




