ガレス
*(ガレス視点)
弟がS級ダンジョンで物言わぬ石像に変えられてから、もう一ヶ月半が過ぎた。
救助の資金を稼ぐためなら、どんな汚れ仕事でも請け負った。鉱山のハンター、魔族の走狗、果ては無辜の民の拉致まで。だが、どれだけ手を血で汚しても、S級の深淵へ潜るための装備と人員を揃えるには、効率が悪すぎた。
石化している間、肉体の時間は止まる。だが、魂までもが安らかに眠っている保証はない。もしあいつの意識が、あの暗闇の中でたった一人、今も覚醒し続けているのだとしたら。もたもたしていれば、身体が戻る前に精神が焼き切れてしまう。
「……クソが。聖者気取りの正義漢のくせに、死に様くらい自分で選べねえのか、あいつは」
焦燥に身を焼かれていた俺の元に、あり得ない報せが届いた。
この国の至宝、ベロニカ王女が、直々にアルス一行の救出に乗り出すという。
なぜ、王女が縁もゆかりもない野良の冒険者のために動くのか。
王様も王様だ。たかだか娘一人の言葉に、竜を討てだの、ダンジョンに乗り込むだの、まるで国を挙げての心中じゃねえか。近頃のあの夫婦の言動は、どうにも腑に落ちない。まるで中身がごっそり入れ替わったような、底知れない「異物感」が、あの玉座からは漂っている。
だが、そんな問いなど、今の俺には取るに足らない。
それが余命幾ばくもない呪われた王女の最期の気まぐれだろうが、死に損ないの戯れ言だろうが、構うものか。
王女が「権力」という最強のカードを切るなら、俺はその駒として、この汚れた命を差し出すまでだ。
「……二親等の血、だったな」
俺は己の太い腕を見つめた。
あいつの心臓を叩き起こすために、俺の不浄な血が必要だというのなら、望むところだ。
アルス。
お前の綺麗な未来を、兄貴の汚い泥水で繋ぎ止めてやる。
せいぜい、目覚めた後に俺の顔を見て、絶望の涙でも流すがいい。
*(リンネ視点)
王族の権力というものは、時に残酷なほど万能だった。
アルスたちが石化されているS級ダンジョンは、俺が口を開いてから数時間も経たぬうちに特定された。
難易度が高く複雑な構造を持つその死地は、個人での突入など自殺志願者のすることだと言われた。ベロニカに転生していなければ、その糸口さえ見つけられなかっただろう。
もう一つの課題であった「二親等の血縁者」も、網を広げればあっさりと集まった。
セシルの父、ライラの姉、フィフィの祖父。
そしてアルスの兄……。
まさか、それがガレスだったとは。
改めてその男の顔を盗み見れば、高潔な弟の面影が、泥に汚れたその眉目に薄っすらと重なる。案外、この異世界も俺が思うよりずっと狭いらしい。
トーチャーだった俺を拉致した事実は許せないが、今は彼をどうこうするつもりはない。むしろ目的が同じなら、これほど頼もしい存在もないだろう。今度は俺が、あんたを利用させてもらう。
話はトントン拍子に進み、出発は明朝と決まった。
意外だったのは、あれほどノリノリで同行を主張していた王と王妃が、大臣たちの猛反対に折れて城に残ることになったことだ。
あの二人、最初に目覚めた時の悲劇的なテンションはどこへ消えたのか。それに、竜の討伐の際はあれほど反対したくせに、本物の死地であるダンジョン行きを止めようともしない。
まるで、俺がそこへ行くことを「待っていた」かのような……拭いきれない違和感。
だが、その正体を探るのも、レベルテの凶行を咎めるのも、すべてはアルスたちを助け出した後だ。
俺はベロニカの可憐な手で、シーツを強く握りしめた。
明日、俺は再びあの深淵へ挑む。




