汚い権力
気持ちを整理する暇もなく、俺は王の居る玉座の間へと案内された。
豪華な回廊を歩くたび、視界に入るすべての人々が、俺の姿を認めるなり即座に動きを止める。
その度に背筋に、得体の知れない寒気が走った。
誰も俺の目を見ようとしない。ただ、このプラチナブロンドの髪と、翻るドレスの裾に対して、本能的な恐怖にも似た敬意を捧げている。
これが権力者の見る世界……ただの一般人、ただの労働者だった俺が一瞬にしてヒエラルキーの頂点に立っていることに、疑念と高揚がない交ぜになって押し寄せる。
王様に会うと、それがより一層強くなった。
玉座の間は驚くほど広く、天井も高い。両端には大理石のような柱が何本も立っていて、部屋の真ん中を走る赤い絨毯が王様の座る椅子まで伸びている。
その赤い絨毯の両側には右手で剣を構え、左手は後ろ腰にあてている兵士が数十人立っている。
その間を通るだけで、自分がどれだけ尊ばれているか感じられて下唇を噛みしめる。
玉座に鎮座する王様、ベロニカの父である男の言葉は、砂糖菓子のように甘く、過保護なまでに響く。
「欲しいものはあるか?」「行きたい場所は?」「殺したい者、愛したい者、なんでも言いなさい」
これほどまでに溺愛されている王女の中に、異国の凡人が入り込んでいると知れたら、打ち首どころの騒ぎではないだろう。王の慈愛に触れるたび、俺の背中を冷や汗が伝う。
この甘い言葉には棘がある気がする。だから俺は無言で頭を横に振った。
──だけど、その後に王様への謁見を許された人物を見て気が変わった。
背が低く、酷い猫背で鼻の長い老人。
忘れるはずもない、俺とトーチャーを監禁したレベルテだ。
「国王様、申し訳ありません。探知スキルの持ち主が使い物にならなくなりました」
そのレベルテの言葉に、トーチャーの姿が目に浮かぶ。
アカシアが言っていた脳死状態というやつか?
「どれほどの成果を得られた?」王様が怪訝な顔でレベルテを見下ろす。
「はい、一個小隊分のレアストーンは集められました」
レベルテは頭を下げたままだ。
「ならばよし」
「その者の処遇はいかがいたしましょう」
「好きにせよ」
「御意に」
事務的なやり取り。一個人の命が、石ころの勘定ついでに処理されていくようだった。
レベルテは踵を返して静かに歩き出す。
その後ろ姿を見て「待てっ」俺はベロニカの声で叫んだ。
あいつの好きになんかさせたらトーチャーに良くないことが絶対起こるに決まっている。
「どうしたベロニカ」
王様が不思議そうに俺の顔を覗いた。
「え、ええと、その探知スキルの持ち主の顔が見てみたくて……ちょっとだけ?」
咄嗟に繕った「わがままな王女」の声。
レベルテがゆっくりと振り返る。その濁った瞳と視線がぶつかった瞬間、俺は怒りを気付かれぬように笑った。
王様は護衛を十人寄越し、レベルテに案内するよう命じた。
そして俺は再びあの部屋へと足を踏み入れた。
薄暗い階段を降りるにつれ、鼻を刺すような悪臭が強くなる。温室育ちの王女の肉体には刺激が強すぎるのか、胃の底から酸っぱいものがせり上がった。
「しかし王女様も面白いことを言いますな、こんな劣悪な場所に来たいなどと」
レベルテは、ニヤニヤと薄気味悪い笑いを浮かべている。
トーチャーだった俺には天国のような場所だと言っていたのに。
正直言って今ここでぶちのめしてやりたいが、まずはトーチャーのことが心配だ。
「その……脳死した方はどうなるんですか?」
「あ、いやいやいや、アレは止めておきなされ、玩具にもなりませんぞ」
オモチャ?
「臓器を抜き取って売り捌いたあとに犬の餌にでもしますゆえ。どうかもっと元気な玩具をお選び下さいませ」
こいつら、いつもそんなことやっているのか? まさか王女自身も?
美しい容姿に見惚れていたけど、やっぱり権力者というやつらの心は皆汚れている。
「着きましたぞ、あれがゴミと化した人の姿ですじゃ」
レベルテが指差した先には、鎖に繋がれ、焦点の合わない目を見開いたトーチャーがいた。
口元を痙攣させ、ぶつぶつと意味をなさない言葉を漏らしている。その姿を見た瞬間、俺の中の何かが弾けた。
「解放しろ」
「はぁ?」
「あの人を今すぐに解放しろと言っている」
呆けた口調のレベルテに怒りをぶつける。
「かしこまりました」
レベルテはしぶしぶトーチャーの枷を外した。
崩れ落ちるトーチャーの体を抱き起こそうとした俺の肩を、護衛の兵士が強い力で制止する。
「放せっ」
振り解こうとしてもビクともしない。
「いけません。服が汚れてしまいます」
「知るか、放せよ」
王女ということを忘れ、口調も乱れる。
「まぁまぁ王女様。落ち着きなされ、あなたに何かあったら、この者達全員死刑ぞ」
レベルテの言葉に戸惑い、冷静になる。
「すまない、取り乱した……」どうすればいいかは明らかだった。
俺は、兵士の一人にトーチャーを保護してくれとお願い……いや命令した。
「物好きな王女様じゃ」
レベルテの薄気味悪い声が独房内に響いた。
こいつをどうしてやろうか……。
この独房も閉鎖させよう……。
いや、まずはトーチャーの治療だ。
汚い権力……望むところだ。




