橘未来
※(橘未来視点)
無機質なフラッシュの光が、網膜を白く焼き潰す。
「橘さん、こちらに笑顔を!」「次世代エネルギーの旗手として、一言お願いします!」
向けられる無数のマイクとレンズ。私は、あらかじめ用意された正解だけを、作り物の声と笑顔でなぞり続けた。
勉強も部活も、常に正解を求めて生きてきた。必死に掴み取った研究職。けれど、今の私に求められているのは、効率的な発電システムの研究ではない。
メディアの受けが良い、若くて見栄えのする広告塔としての役割だ。
不満を口にする権利なんて、今の私にはない。ただ、求められる虚像を演じ続ける。それが、この社会で生き残るための正解だと自分に言い聞かせてきた。
年末の休み。逃げるように帰ってきた故郷の夜道は、驚くほど静かだった。
そして、輪祢くんと再会した。
「あれ? 輪祢くんじゃん。おーい」
声をかけた瞬間、かつての「私」が顔を出す。
彼と過ごした日々は、正解なんて探さなくてよかった。何を言っても、彼はただ静かに、凪のような優しさで受け入れてくれた。動物病院で働いているとか、ご両親が亡くなったとか、そんな噂を聞くたびに胸の奥がざわついていたけれど、目の前の彼は、昔と違ってとても大人びていた。
「なんかさ、輪祢くん。変わった?」
私を見つけた彼は、取り乱した様子で私の腕を掴み、近くの公園へと半ば強引に促した。
戸惑いが胸をつく。記憶の中の彼は、こんな風に誰かの意思を追い越してまで導くような人ではなかったはずだ。
その掌から伝わる切迫した熱が、私の知らない時間を物語っていた。
伏し目がちに覗き込むと、彼は困ったように笑った。その笑顔に、肩の力がふっと抜ける。
公園のベンチ。交差点のコンビニで買ったと思われる、おでんのパック。
高級ホテルのレセプションで出される食事よりも、この立ち上がる湯気の方が、ずっと私の心を温めてくれた。
だから、とても素直な気持ちで「楽しいよ」と言えた。
本音だった。
また明日から頑張れると思った。
今度は私が輪祢くんの力になれたらと思った。
仕事のこと、家族のこと、恋人とかいるのかな……。
もっと今の彼のことを知って、私に出来ることがあれば……。
だけど、それは許されなかった。
「ひっ……」
喉の奥で、短い悲鳴が凍りついた。
目の前で、彼の胸元が赤く濡れていく。
「キャー!!」
夜の公園に、自分の悲鳴が突き刺さる。
崩れ落ちる体を抱きとめようとして、私は見てしまった。
彼の胸を貫き、背後から突き出した、赤く、禍々しく輝く刃。
そして何より恐ろしかったのは、死に瀕した彼の瞳だった。
そこには、驚きも、恐怖もなかった。
ただ、逃れられない運命を何度も繰り返してきたかのような、深い、深い、絶望の色彩だけが宿っていた。
「ターゲット変更だそうだ」
背後から響いた、凍てつくような声。
フードを深くかぶった男が、ベンチの後ろに立っている。
この人が輪祢くんを?
「なんでこんなことを……あなたは一体……」
激情よりも先に、指が動いていた。
ポケットの中。手探りでスマホの緊急通報をタップする。指先は氷のように冷たいのに、思考だけが恐ろしいほど透明だった。
……なぜ、私はこんなに落ち着いているのだろう。
まるで、この状況が初めてじゃないみたいだ。
「未来……俺は大丈夫だ。だから……」
「輪祢くんっ」
胸を貫かれ、溢れる血にまみれながら、彼は私を安心させようと笑った。
大丈夫なはずがないのに、今にも息が途切れそうなのに。
「ちっ、三度も手間かけさせやがって」
フードの男が吐き捨てた。
三度。その言葉が、覚えのない記憶の扉を叩く。
「橘未来。次こそお前の番だ。だが、今じゃあない。せいぜいこの星を楽しんでおけ」
男は闇に溶けるように姿を消した。
遠くで聞こえるサイレンの音さえ、今の私には無意味なノイズに過ぎなかった。
頭の中で駆け巡る疑問符を押さえながら、冷たくなっていく輪祢くんの体を抱きしめることしかできなかった。




