本音
頭の中が痒い……。
もう、なにも考えられない。
それでも、これは幸せなんじゃないかと思えてきた。
なんの不自由もなく食事を与えられ、排泄物も綺麗に処理してくれる。
動かなくていいから疲れることもない。
そして、なにより俺のスキルで国が発展する
レアストーンを効率よく集め、魔族に対抗できる武具を作成する。
魔力や電力の増強に有効で実生活にも役立つ。
俺のスキルが国中の人々の役に立っている。
とても誇らしく、やりがいのある仕事だ。
──ノエルは元気だろうか。
俺の稼ぎは、届いているだろうか。
きっと、忙しなく店を切り盛りしていることだろう。
とても魅力的な人だから、きっと誰も放っておかないだろう。
きっと、新しい恋人ができて幸せに暮らしていることだろう。
良かった。本当に良かった。
そうか、これが異世界転生のゴールだったんだ。
これで俺は元の世界に戻ることができる。
本当に、良かった……。
本当に……。
ちくしょう。出せよ。
ここから出してくれ。
自由にしてくれ。
自分の足で歩かせてくれ。
誰か助けてくれ。
会いたい。ノエルに会いたい。
「俺もだよ」
頭の中に、俺とは別の誰かの声が響いた気がした。
「お前に恨みはない。たぶん俺がお前の立場だったとしても、こうなっていたと確信できる」
今度は声が鮮明に聞こえる。
誰の声だ……。
「俺だよ、トーチャーだ」
トーチャー? 俺が転生した体の持ち主?
「そうだ」
幻聴? 頭の中のタコチンの触手が悪さをしている?
「そう思うなら、それでもいい。だがなリンネ、お前には感謝しているんだ」
感謝? 体を乗っ取ったのに?
「正直言って、乗っ取られた感覚はない。俺がお前になった日から今の今まで眠っていたようだ」
眠っていた? 俺が入ったせいで無理矢理眠らされていたのかもしれない。
「そうかもな、だが記憶はあるみたいだ。ノエルのこと、感謝しているよ」
ノエル? なぜあんたもノエルのことを?
「ノエルは俺の婚約者だ」
婚約者? でも、ノエルは俺のことを知らないようだった気が……。
「お前が俺の記憶を持っていないから、ノエルが気を遣ってくれたんだろう。あいつはそういうやつだからな」
気を遣って……そうか、婚約者が記憶を失っているというのに、気丈に振る舞って。追い込まないように、ゆっくりと時間をかけて治療を……。
なんだか涙が出てきた。
「俺の体で勝手に泣くなよ。俺まで悲しくなってくる」
悪い。君とノエルには本当に悪いことをした。こんなことになってしまうなんて、どう謝ればいいのか。
「そうだな、なんでこんなことになったのかは分からない。でもな、さっきも言ったが恨みはないんだ。むしろ感謝している。お前が俺に入らなければ、俺は鉱山で野垂れ死んでいたことだろう」
俺も、こっちにきた時のことは、よく覚えているよ。地獄だった。
「お前はやりきった。そしてノエルの元に戻ってくれた。そして、なんの取り柄もない俺に、探知スキルという素晴らしいギフトを与えてくれた。お前の言うとおり、ノエルは俺とお前の稼ぎで幸せに暮らせる。あいつを放っておく男なんて居ないさ」
……トーチャー、お前も泣いているのか?
「俺はノエルの全てを奪った魔族を憎んでいる。そいつらを駆逐するためなら喜んでこの国の力になりたい。たとえ、この先、ノエルに会うことができなくても……」
同じ体を共有しているからだろうか、トーチャーの気持ちが痛いほど伝わってきた。
でも……。
嘘を付いているよね?
ノエルのことを思って頑張ろうって気持ちは、よく分かった。
でも、ノエルに会いたいって気持ちに嘘をついている。
「……流石に自分の体に嘘はつけないよな」
トーチャーの心から、震えるような本音が漏れ出した。
「会いたいよ。会いたいに決まってるだろっ、でも、こんな状況、もうどうしようもないじゃないか」
諦めるな。絶対に! きっと、なにか方法がある。
俺は、自分に言い聞かせるように言った。
「……お前となら、その方法を見つけられる気がする」
そうだ、俺たちは独りじゃない。一緒に考えるんだ。
「そうだ、考えよう。絶対に帰ろう。ノエルの元に」
ああ、絶対にだ。
「叫ぼうぜ」
奇遇だな。俺もそう思っていた。
「「ノエルっ、待っていてくれ」」
俺たちは、大声で叫んだ。
その瞬間、頭の中で、なにかがバチンと切れる音がした。




