ドアを叩く音
地球に戻っても、もう父さんも母さんも居ない。
ばあちゃんは一人になってしまうけれど、設備の整った介護施設への入居が決まっていた。
未来は……泣いていたけど、無傷だった。
だから、俺はノエルを選んだ。
お金がなくても幸せだった。
二人で力を合わせて、店を切り盛りした。
お客さんは、だんだん少なくなってきたけど、鉱山が閉鎖されるのはまだ先になるらしい。
これでいい、これがいい、ここがいい。
「子供は何人くらい欲しい?」
布団にくるまったノエルが眠そうな顔で言った。吐息から少しお酒の匂いがする。
俺は、見慣れた天井を見上げながら「三人かな?」と返した。
「リアルな数字ね。でも良いかもしれない」
ノエルも同じように天井を見上げた。
ノエルは両親の顔を覚えていないと言った。
幼い頃、故郷が魔族の襲撃に遇い壊滅し、焼け野原で瀕死のところを流浪の料理人だったカイトという初老に拾われたそうだ。
カイトは、ノエルを養子とし、この場所を旅の終着点とし、鉱山や近くの村人達の憩いの場となる店を始めた。
「カイトさんは、本当の父親みたいな人だったんだね」
俺がそう言うと、ノエルは愛おしそうに目を細めて、俺の腕に頭を預けてきた。
「ああ、頑固で不器用なじいさんだったけどさ。死ぬ間際まで包丁を離さなかった。……この店は、あの人が私にくれた居場所なんだよ。だから、守りたい。リンネとだったら出来ると思うんだ」
ノエルの髪から、いつも厨房で香るスパイスと、彼女自身の温かな匂いがした。
「でもさ、ノエルは美人だから、一人になって言い寄られたりしなかったの?」
つい口に出てしまったが、本音だった。気立ても良いし、引く手数多だったんじゃないかと思う。
「居たさ。数え切れないほどにね」
自慢気だけど、どこか悪戯っぽく言った。
「俺が来るまで独りだったってことは、性格に難ありだったのかな?」
ちょっと嫉妬して、俺も悪戯っぽく返した。
「いてっ」布団の中で、脇腹をつねられた。
「カイトと同じくらい大切な人が居てさ……」
ノエルの声色が変わった。きっと本当のことなんだろう。俺はまた嫉妬した。
「その人とは?」聞きたくなかったけど、引っ込み付かなくなった。
「どこかへ行っちまった。いや……行ってないけど。でも……」
ノエルは、俺の手を強く握った。
「なにそれ、謎かけ?」
もしかしたら他界しているのかもしれないと思った。
切ないけど、俺がその人の代わりになれるとしたら……ノエルを守りたいとも思った。
ドンドンドン。
不意にドアを叩く音が響いた。
「こんな夜中に誰だろう」
「俺が見てくるよ」
「気を付けて」
ドアの前に立ち「誰ですか」と尋ねた。
「俺だ。ガレスだ」
ガレス? 赤い鎧のハンターか。
もしかして勧誘のことだろうか。断りを入れるにも、鉱山まで探しに行かなきゃならなかったから、そのままにしてしまった。悪いことをしたな。
「すみません。あの件は受けないことにしました。返事できなくてごめんなさい」
にしても、こんな夜遅くに訪ねてくるなんて。
ドンッ。
大きな音が鳴ったと思ったら、ドアが割れて崩れ落ちた。
外には、足を上げているガレスの姿があった。ドアを蹴破ったのか? なんで?
「お前に拒否権はない」
そう言って、今度は信じられない力で俺の腹を殴った。
そして、もう一発、今度は顎を打ち抜いた。
視界が揺れて、床が目の前まで迫ろうとした瞬間、ガレスは俺を肩に抱え歩き出す。
遠のく意識の淵で、泣き叫ぶようなノエルの声が聞こえた。
だけど、彼女が最後に叫んだ名前は、リンネじゃなかった。




