このまま、ここで
「おかえり」
鉱山から帰った俺を、ノエルはいつもの調子で出迎えてくれた。
「先に風呂入ってきなよ。美味しいご飯、用意しとくからさ」
効率の良い作業を覚えて前回よりも余裕はあったけど、固いパンと岩肌での雑魚寝はやっぱり体に悪い地獄みたいな職場だ。
けど、こうやって帰る場所があって、暖かいお風呂と、最高のご飯が待っているというだけで、不思議と頑張れた。なによりも誰かのために働くというのは気分が良い。
「ありがとうノエル。お土産が沢山あるから期待してて」
「そりゃいいね、ガッカリしない程度に期待しておくよ」
ノエルはそう言って茶化したけど、食事が終わったテーブルの上に腰の革袋いっぱいのレアストーンを見て目を丸くした。
「驚いたね。あんたホントにスキル持ちなのかい」
ノエルが言うには、この世界にはやっぱりスキルと呼ばれる能力があるらしい。
神様に選ばれた人が授かるとか。
急にアカシアの言っていたことが現実味を帯びてくる。
神様か……今さらだけど、この異世界には実在するということか。
ということは、ステータスに表示されている二刀流もリワインドも何か特別な使い道があるのかな?
リワインド……確か“巻き戻す”って意味だった気がするけど、異世界で死んで地球に戻ったことと関係があるのか?
考えれば考えるほど、死の瞬間の感触が指先に残っていて、無意識に自分の手をさすってしまう。
「でも、これは受け取れないよ」
ノエルは、レアストーンを革袋に戻して俺に突きつけた。
「どうして? これを売れば、店もやっていけるかもしれない。よそへ行かなくても済む」
自分のためでもあったけれど、でもノエルのためだと思ったから、あの最悪な職場環境に再び挑めたのも事実。それを否定された気がして、声を荒げてしまった。
ノエルは驚いたように目を見開いたが、すぐに困ったような、それでいて愛おしそうな顔で溜息をついて「バカだね、あんた」と言った。
「だって、悩んでいたじゃないか」
もう寂しい顔はさせたくない。
「人は悩んでいいんだよ。悩んで藻掻いて、結果に一喜一憂する。それが人生ってもんだろ」
「でも、頑張って報われなかったら? 途中で、それこそ事故とか、自分の望んでいないところで死んでしまったら? それも人生だっていうの?」
ふと、父さんと母さんの顔が浮かんで、目頭が熱くなるのを感じた。
「それが私の運命だって言うのなら受け入れるさ」
「でも、ノエルも他の場所で一からやり直すかもって言ってたじゃないか。そうだ、俺、誘われたんだ。このスキルを国が必要としているかもって言われた。ここよりももっと良い場所で暮らせるかもしれない。だから、一緒に行こう」
「まるでここが悪い場所って言われているみたいで気に入らないね」
「そ、そうじゃなくて……」
「わたしはここが好きだ。大変でも、わたしの作る飯を美味いって笑ってくれる客が好きだ。だからやれることはやる……それに」
ノエルは目をそらした。
「お前と一緒に働けるのも悪くないと思っていた。これからもずっと……ここで」
その、ノエルの言葉が胸に響いた。
ここに来たばかりの頃は、外の物置部屋で寝泊まりさせてもらっていた。けど最近は店の二階の空き部屋を貸してくれている。
こんな、素性も分からない俺を。
それが、俺に対する好意だってことに気付かないわけないし、俺だって親切にしてくれるノエルのことを好きになっていた。
このままここで、この世界で、こうやってのんびりと暮らしていけたら……それは、とても幸せなことなんじゃないか? これが俺の本当の人生だったんじゃないか?
コンクリートの冷たい感触も、父さんと母さんがいなくなったあの事故の日も。全部がたちの悪い悪夢で、このパンの匂いとノエルの手の熱だけが、俺の求めていた真実なんじゃないか。そう思いたかった。
「たのむよリンネ。もう危険な仕事はしないで欲しい。国は今、魔族との戦いに躍起になっていて、悪い噂も聞こえてくる。私は心配なんだ」
ノエルは俺の手を握って瞳を潤ませた。
その、とても暖かな手に、未来のこと、地球での出来事が遠い記憶の片隅に追いやられていくのを感じた。
俺が戻ったとしても、未来を救える確証はない。それどころか戻れないかもしれない。
未来はきっと無事だ。
ただの幼なじみ、俺なんかいなくても上手くやっていける。
そう自分に言い聞かせ、ノエルの手を握り返した。




