第51話 東ダンジョン最深部
毎日20時投稿
東ダンジョンの奥へ進むにつれ、音が消えていった。
足音が吸い込まれる。
呼吸の音だけがやけに大きく聞こえる。
壁も床も、白い糸に覆われていた。
中層奥――本来ならここまで侵食されるはずのない領域。
だがロイの足は止まらない。
ここまで来る道は、すでに何度も通った。
違うのは一つだけだ。
今回は、終わらせるために来ている。
「……いるな」
返事はない。
だが、気配ははっきりと分かった。
空間そのものが重い。
見られている。
そう感じる圧。
ロイは槍を握り直した。
呼吸を整える。
焦らない。
ここまでは、全部準備してきた。
――来た。
天井から、巨大な影が落ちる。
白い糸を引き裂きながら、巨体が着地した。
衝撃で床が震える。
人の三倍はある体躯。
黒光りする甲殻。
八本の脚がゆっくりと開き、侵入者を囲い込む。
巨大蜘蛛。
かつてロイを何度も殺した存在。
だが今回は違う。
ロイは一歩も退かない。
糸が飛んだ。
空気を裂く音。
横へ避ける。
二発目、三発目。
連続して放たれる糸を、最小の動きでかわす。
足運びが自然に体を動かす。
巨大蜘蛛が踏み込む。
脚が振り下ろされる。
槍で受け流し、距離をずらす。
重い。
だが、見えている。
「……いける」
呟きは、自分への確認だった。
攻めない。
まだだ。
ロイは後退しながら、袋に手を入れる。
油の瓶。
床へ投げる。
割れる音。
透明な液体が石床を濡らしていく。
巨大蜘蛛が踏み込む。
脚がわずかに滑った。
ほんの一瞬。
だが、それで十分だった。
位置がずれる。
踏み込みの軌道が狂う。
ロイはその隙を逃さない。
投擲ダガーを放つ。
目ではない。
脚の関節。
動きを制限するための一撃。
巨大蜘蛛が怒り狂ったように動く。
糸が一斉に放たれる。
壁と床を覆い、退路を塞ぐ。
だが想定内だ。
ロイはもう一本の瓶を投げる。
油が広がる。
そして――。
火属性魔石を叩きつけた。
瞬間、炎が走る。
油に火が移り、床を舐めるように燃え広がる。
糸が焼ける音。
焦げた臭い。
巨大蜘蛛が大きく後退した。
炎に包まれ、動きが鈍る。
ダンジョンの奥が赤く染まった。
「今だ」
ロイが踏み込む。
距離を詰める。
巨大蜘蛛の脚が振り下ろされる。
避ける。
さらに一歩。
以前、弾かれた場所。
脚の付け根。
槍を突き出す。
力を込めるのではない。
流す。
押し込むのでもない。
通す。
槍術で得た感覚が、体を導く。
槍先が甲殻に触れる。
――止まらない。
滑らず、沈み込む。
確かな手応え。
巨大蜘蛛が絶叫した。
だが、まだ倒れない。
巨体が暴れる。
天井の糸が一斉に切れ、白い雨のように降り注ぐ。
床が崩れる。
炎が揺れる。
視界が赤と白に染まる。
巨大蜘蛛が最後の突進を仕掛けてきた。
逃げ場はない。
後退すれば、糸に絡め取られる。
ロイは止まった。
逃げない。
ここで終わらせる。
呼吸が静かに落ちる。
世界が遅くなる。
巨大蜘蛛の動きが、はっきり見えた。
「――これで終わりだ」
ロイは踏み込んだ。
巨大蜘蛛の懐へ。
すべてを賭けた最後の距離へ。
槍を構え――。
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