第50話 二か月の積み上げ
毎日20時投稿
巨大蜘蛛に敗れてから、ロイは無理に奥へ進むことをやめた。
やるべきことははっきりしている。
足りないものを揃える。
それだけだ。
東ダンジョンの中層は、いつの間にか日常になっていた。
狼の動きは読める。
ゴブリンやスライムは、もはや脅威ではない。
中型蜘蛛でさえ、時間をかければ確実に処理できる。
危険が消えたわけではない。
だが、恐怖はなくなっていた。
戦い方を間違えなければ、生き残れる。
その確信があった。
ロイは深追いをしない。
決めた範囲だけを狩り、素材と魔石を持ち帰る。
売り、補充し、また潜る。
同じことを繰り返す。
派手さはない。
だが、確実に金は増えていった。
商家で学んだ計算が、ここではそのまま生きた。
無駄な戦闘はしない。
消耗品も必要な時だけ使う。
生きて帰ることが、最大の利益になる。
それをロイは誰よりも理解していた。
初心者講習も続いていた。
元トップ層の冒険者であり、今はギルドの相談役を務める老人の指導は徹底して現実的だった。
「生き残ることを優先しろ。倒すのはその後だ」
若い冒険者たちは前へ出ようとする。
ロイは一歩引き、全体を見る。
やり方は違う。
だが、老人は何も言わなかった。
ただ一度、小さく頷いただけだった。
時間は静かに過ぎていった。
一ヶ月。
そして、もう一ヶ月。
資金はようやく目標に届き始める。
だが、その頃から、ダンジョンの様子が少しずつ変わり始めていた。
浅層での遭遇が増えている。
本来なら中層にいるはずの個体が、上へ上がってきていた。
ゴブリンの群れは大きくなり、スライムの数も増えている。
冒険者たちの間でも、同じ話が聞こえるようになった。
「最近、東ダンジョンおかしくないか?」
原因は誰にも分からない。
ただ、なんとなく空気が重い。
そんな曖昧な違和感だった。
ロイは黙ってその話を聞いていた。
理由は分からない。
だが、覚えがある。
――前も、こうだった。
世界が崩れる少し前。
ダンジョンの空気は、確かに変わっていた。
だからこそ、焦りはしない。
今やるべきことは変わらない。
準備を終わらせることだ。
ある日の夕方。
ロイは袋の中の金額を数え終えた。
「……足りたな」
小さく呟く。
リアが空中でくるりと回る。
「やっとだね」
「ああ」
長かった。
だが無駄ではない。
この二ヶ月で、死なずに積み上げたものは確かにある。
翌日。
ロイはスキルスクロール店のカウンターに立っていた。
棚の奥から取り出された巻物を受け取る。
《槍術》
槍の扱いを根本から変える戦闘スキル。
力の乗せ方。
突きの軌道。
貫くための動き。
これまで届かなかった理由が、ようやく手の中にある。
ロイは迷わずスクロールを開いた。
光が溢れ、知識と感覚が流れ込んでくる。
槍が、軽く感じた。
同時に理解する。
今までの突きは、力を逃していたのだと。
「……これで届く」
自然と声が漏れた。
その日の夜。
ロイは東ダンジョンの入口を見上げていた。
風が吹く。
奥から流れてくる空気が、以前よりも重い気がした。
理由は分からない。
だが、分かることが一つだけある。
もう準備は終わった。
「次だな」
ロイが言う。
リアは隣で静かに頷いた。
「うん」
それ以上は何も言わない。
東ダンジョン攻略。
その終わりが、すぐそこまで迫っていた。
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