第49話 届かない刃
毎日20時投稿
巨大蜘蛛の領域へ踏み込んだ時、ロイの足取りに迷いはなかった。
中層奥の空気は重い。
壁も床も、白い糸に覆われている。
狼の気配は完全に消えていた。
ここから先は、別の場所だ。
「行くんだね」
リアが言う。
「ああ」
ロイは短く答えた。
今回は確認ではない。
討伐だ。
準備は整っている。
装備も、消耗品も、動きも。
ここまでの戦闘で、崩れることはなくなった。
中型蜘蛛なら、もう問題にならない。
ならば――次だ。
振動が走る。
奥から、巨大な影が動いた。
現れる。
人の三倍はある巨体。
無数の脚が床を叩き、糸が軋む音が響く。
巨大蜘蛛。
最初に死んだ時と同じ圧。
だが、ロイは後退しない。
距離を保つ。
呼吸を整える。
視界は安定している。
怖さはある。
だが、動きは見える。
糸が飛ぶ。
横へ避ける。
追撃の脚をいなし、通路側へ誘導する。
動きは想定通りだった。
速い。
だが、もう遅れない。
巨大蜘蛛が踏み込む。
その瞬間、ロイも踏み込んだ。
脚の付け根。
以前から狙っていた場所。
槍を突き込む。
――硬い。
嫌な感触が手に伝わった。
弾かれる。
浅い。
確かに当たったはずなのに、刺さりきらない。
「……っ!」
すぐに距離を取る。
呼吸は乱れていない。
判断も遅れていない。
だが、手応えが違う。
もう一度。
糸を避け、脚をいなし、隙を作る。
同じ場所を狙う。
今度は力を乗せた。
槍先が甲殻に触れる。
だが――。
止まる。
押し込めない。
表面を削るだけで、貫通しない。
「……嘘だろ」
思わず声が漏れた。
位置は正しい。
タイミングも完璧だった。
それでも通らない。
巨大蜘蛛が反撃する。
脚が振り下ろされる。
避ける。
糸が飛ぶ。
切り払う。
動き自体は問題ない。
だが、攻撃が決定打にならない。
何度当てても同じだった。
浅い傷は増える。
だが致命傷にならない。
巨大蜘蛛の動きは鈍らない。
時間だけが過ぎていく。
ロイの腕が重くなる。
集中が削られる。
呼吸は安定している。
それでも、消耗は蓄積していく。
相手は変わらない。
巨大な体は、まるで疲れていない。
「……足りない」
戦いながら、理解した。
技術ではない。
判断でもない。
単純な力だ。
貫くための力が足りない。
次の瞬間。
わずかに槍の戻しが遅れた。
糸が絡む。
足を取られる。
体勢が崩れる。
巨大蜘蛛が迫る。
避けきれない。
牙が振り下ろされる。
視界が白く弾けた。
次に目を開けた時、見慣れた天井があった。
静かな朝。
痛みはない。
だが、感触だけは残っている。
槍が止まった瞬間の感触。
「……分かった」
ロイは小さく呟いた。
「なにが?」
リアが聞く。
ロイは天井を見たまま答えた。
「足りないのは、俺じゃない」
間を置く。
「火力だ」
数日後。
ロイは街のスキルスクロール店に立っていた。
棚の奥に置かれた一本の巻物を見る。
《槍術》
槍の扱いそのものを最適化する戦闘スキル。
力の乗せ方、突きの軌道、貫通力の向上。
同じ筋力でも威力が変わる。
だが――高いはずだ。
きっと今の所持金では足りない。
装備更新と消耗品も含めれば、さらに必要になる。
「……どれくらいだ」
店主に聞く。
提示された金額を聞き、ロイは静かに息を吐いた。
「二ヶ月分、か」
リアが小さく言う。
「ああ」
ロイは頷いた。
タイムリミットまでは、まだ余裕がある。
ならばやることは一つだ。
「稼ぐ」
迷いはなかった。
足りないなら、揃える。
それが商人のやり方だった。
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