第47話 崩れない距離
毎日20時投稿
《呼吸制御》を習得してから、数日が過ぎていた。
最初に変化を感じたのは、戦闘の最中ではなかった。
戦闘が終わった後だった。
「……まだ動けるな」
狼を倒したあと、ロイは自分の呼吸を確かめる。
以前なら、ここで一度膝に手をついていた。
肺が熱くなり、視界がわずかに揺れ、次の判断が鈍る。
だが今は違う。
息は乱れていない。
心臓の鼓動もすぐに落ち着く。
「変わったね」
リアが横で言った。
「ああ」
ロイは短く答えた。
強くなった、という感覚ではない。
崩れなくなった。
それが一番近い。
それからの数日、ロイは同じことを繰り返した。
浅層ではゴブリンを相手に間合いを確かめる。
中層では狼と戦う。
避ける必要のない戦闘は、できるだけ受ける。
だが無理はしない。
日が落ちる前には必ず戻る。
三日。
五日。
一週間。
戦闘の回数が増えても、疲労の残り方が違っていた。
以前は戦闘の終わりが限界だった。
今は違う。
終わってからも判断が鈍らない。
余裕が残る。
中層へ降りる。
空気は浅層より重いが、慣れたものだった。
遠くで狼の唸り声が響く。
ここは狼の縄張りだ。
本来の中層は、こういう場所だった。
一体が姿を現す。
低く構え、様子をうかがっている。
ロイは槍を構える。
踏み込みを誘い、横へ避ける。
反撃は急がない。
距離を維持する。
呼吸は乱れない。
視界も狭くならない。
狼が飛び込む。
槍を突き出し、わずかに軌道をずらす。
急所を外さず、確実に仕留める。
「……楽だな」
「余裕あるね」
リアが言う。
「ああ」
以前なら、ここで一度気を抜いていた。
今は違う。
戦闘が終わっても、次の動きにすぐ移れる。
さらに奥へ進む。
狼の遭遇が少しずつ減っていく。
ロイは足を止め、周囲を見渡した。
驚きはない。
ここから先の変化は、もう知っている。
壁の端に、細い糸が一本張り付いている。
意識しなければ見落とすほどの細さ。
「……ここからだな」
確認するように呟く。
中層のはずなのに、狼がいなくなる場所。
本来ここにはいないはずのものが、奥から漏れ出している境界線。
前のループでも、この先で蜘蛛に遭遇した。
それ以上は進まない。
今日は確認だけだ。
無理をする理由はない。
「行かないの?」
リアが聞く。
「ああ」
ロイは首を振った。
「今日はここまでだ」
以前なら、この場所に立つだけで引き返していた。
だが今は違う。
怖さはある。
それでも足が止まらない。
どこまで踏み込めるか、自分で分かるようになっていた。
帰路につきながら、ロイは静かに考える。
狼相手では、もう崩れない。
中型蜘蛛とも戦える。
だが巨大蜘蛛は別だ。
速さも、圧も、まだ一段上にある。
「……そろそろ、試すか」
小さく呟く。
リアは少しだけ間を置いてから言った。
「無理はしないでね」
「ああ」
ロイは頷いた。
次は逃げるためではない。
確かめるために、あそこへ行く。
本来中層には存在しないものが、漏れ出している場所へ。
巨大蜘蛛までの距離は、もうすぐそこだった。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
作者の新作です。
現代日本×ヒーローSF
「魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》」
蜂型の機兵が侵略者と戦う物語です。
もしよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです。




