第39話 正面から戦わない
毎日20時投稿
火属性魔石を机の上に置き、ロイはしばらくそれを眺めていた。
赤く淡い光が、静かに揺れている。
中型蜘蛛には効いた。
それは間違いない。
糸は燃え、動きは鈍り、戦いやすくなった。
だが――。
「足りないな」
小さく呟く。
巨大蜘蛛の巣を思い出す。
あの空間を埋め尽くしていた糸の量。天井から床まで張り巡らされた層。中型蜘蛛の数。
あれを全部焼く。
考えるまでもなく無理だった。
「まだ悩んでるの?」
リアが机の端に座りながら聞く。
「悩んでるというか……整理してる」
ロイは椅子にもたれた。
「火は効く。でも、あれ全部を相手にするのは現実的じゃない」
「うん」
リアも素直に頷く。
火は手段の一つでしかない。
答えではない。
翌日、ロイはギルドにいた。
昼前の時間帯。いつも通りの喧騒がある。
依頼掲示板の前では新人が言い争い、奥では中堅冒険者が酒を飲みながら笑っている。
「火を使ってるな」
背後から声がした。
振り向くと、あの老人が立っていた。
いつの間に近づいたのか分からない。
相変わらず、気配が薄い。
「……見てましたか」
「匂いで分かる」
老人は笑う。
「悪くない手だ。蜘蛛相手ならな」
ロイは少しだけ考えてから答えた。
「でも、足りません」
「だろうな」
あっさり肯定された。
老人は壁に背を預ける。
「全部焼こうとしてるだろ」
図星だった。
ロイは何も言わない。
「無理だ。巣の中で蜘蛛と戦う限りな」
老人は続ける。
「蜘蛛は巣で強くなる。分かってるだろ?」
「ああ」
糸がある限り、相手は自由に動ける。
こちらは制限される。
「なら簡単だ」
老人は肩をすくめた。
「巣を相手にするな」
ロイは眉をひそめる。
「……どういう意味ですか」
「引き剥がせ」
短い言葉だった。
「巣から出した蜘蛛は、ただの大きい虫だ」
ロイは言葉を失った。
考えていなかったわけではない。
だが、発想が逆だった。
巣をどうにかする。
環境をどうにかする。
ずっとそう考えていた。
だが違う。
環境を捨てさせればいい。
「強いやつほど、自分の場所で戦いたがる」
老人は続ける。
「そこを捨てさせた時点で、半分勝ってる」
そう言って、老人は歩き出した。
「まあ、死ぬなよ」
振り返りもせずに去っていく。
ロイはしばらくその背中を見ていた。
夜。
机の上に紙を広げる。
正確な地図ではない。
これまで歩いた記憶を頼りにした簡単な図だ。
通路の幅。
分岐。
巣の位置。
糸が多かった場所。
ロイは線を引いていく。
「……ここか」
巣のある広間。
そこから繋がる細い通路。
火が使える場所。
逃げ道。
「どう?」
リアが覗き込む。
「全部燃やす必要はない」
ロイはゆっくり言った。
「動かせばいい」
巣から。
糸の多い場所から。
狭い通路へ。
槍が届く距離へ。
「分ければいい」
言葉にした瞬間、形になった。
勝ち方が。
ロイはペンを置いた。
巨大蜘蛛は強い。
それは変わらない。
だが、戦う場所は選べる。
それなら――。
「やれるかもしれないな」
リアが小さく笑う。
「やっと、ロイらしくなってきたね」
ロイは苦笑した。
確かにそうかもしれない。
強い相手と正面から殴り合う必要はない。
条件を変える。
それが、自分のやり方だ。
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