第37話 準備
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中型蜘蛛から持ち帰った糸は、袋に入れているだけでも存在感があった。
軽い。
だが指で引くと分かる。
強い。
「売ったら結構な値段になりそうだね」
リアが机の上で糸をつまみながら言う。
「なるだろうな」
ロイは頷いた。
冒険者としてではなく、商人の目で見ても分かる素材だ。軽くて丈夫。加工次第では防具として十分価値がある。
だが今回は違う。
「売らない」
「だと思った」
リアが小さく笑う。
東ダンジョンの奥で見たものを思い出す。
あの糸の量。
あの密度。
ただ切って進むのでは追いつかない。
見て分かっていた。
対策が必要だ。
翌日、ロイは防具屋を訪れた。
店主は糸を見るなり眉を上げた。
「……中層の蜘蛛か?」
「そうだ」
「ずいぶんいいの持ってきたな」
糸を引き、光に透かし、強度を確かめる。
「軽いな。これなら動きを殺さず補強できる」
「絡まりにくくできるか?」
店主がロイを見る。
「蜘蛛対策か」
「まあな」
詳しい説明はしない。
だが店主はそれ以上聞かなかった。
「腕と肩、それから腰回りだな。糸が引っかかりやすい場所だ」
ロイの装備を見ながら言う。
「重くはしない。動けなくなったら意味がない」
「それで頼む」
数日後。
仕上がった防具は、見た目はほとんど変わっていなかった。
だが動いてみると違いが分かる。
擦れる感覚が少ない。
糸が引っかかりにくい。
「いいな、これ」
「蜘蛛糸は滑るからな」
店主が満足そうに頷く。
「普通の革より絡まれにくいはずだ」
ロイは腕を回し、動きを確かめる。
重さはほとんど増えていない。
これなら今まで通り動ける。
店を出たあと、ロイはしばらく考えていた。
糸への対処はこれで一つ。
だが、それだけでは足りない。
切っても、増える。
避けても、追いつかれる。
「根本的に減らす方法がいるな」
「うん」
リアが頷く。
「糸そのものをどうにかしないと」
そこで、ふとリアが言った。
「蜘蛛ってさ、火は嫌いじゃない?」
ロイは足を止めた。
単純な話だった。
だが、考えていなかった。
「……燃えるか」
糸は乾いている。
油を使えば、燃える可能性は高い。
問題は、どう扱うかだ。
ロイはそのまま魔道具屋へ向かった。
店内には淡い光を放つ石が並んでいる。
「火属性の魔石が欲しい」
店主が少し驚いた顔をする。
「武器付与か?」
「いや、小さいのでいい」
しばらく探したあと、小指ほどの赤い魔石が差し出された。
「持続は短い。火種程度だな」
「それでいい」
ロイは手に取る。
微かに温かい。
強力なものではない。
だが油と組み合わせれば、十分使い道はある。
「蜘蛛でも焼くのか?」
店主が冗談めかして言う。
「試してみる」
ロイはそれだけ答えた。
店を出たところで、聞き覚えのある声がした。
「燃やす相手か?」
振り向くと、あの老人がいた。
ギルドで見かけた男だ。
いつの間にいたのか分からない。
ロイは一瞬だけ言葉を選んだ。
「……どうでしょうね」
老人は笑った。
「まあいい。火は便利だが、逃げ道は残しておけよ」
それだけ言って、歩き去る。
意味深な言葉だったが、追いかけるほどでもない。
ただ、妙に耳に残った。
夜。
自室の机の上に、装備を並べる。
槍。
投擲ダガー。
油瓶。
毒消しポーション。
そして、火属性魔石。
以前より道具が増えていた。
戦い方が変わってきている証拠だ。
「準備できた?」
リアが聞く。
「ああ」
ロイは頷く。
まだ足りないかもしれない。
だが、試す段階には来ている。
あの奥へ進むために。
「次は」
小さく呟く。
「試す」
火が糸に通じるか。
中型蜘蛛にどこまで有効か。
そして――。
巨大なあれに、届く可能性があるのか。
ロイは火属性魔石を握り、静かに息を吐いた。
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