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不遇スキル【撤退】しか持たない商家の三男、死ぬたびに最適解を見つけてダンジョン攻略  作者: 昼ライス


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第36話 今のままでは

毎日20時投稿

東ダンジョンから戻ったあと、ロイはすぐに装備を外さなかった。


椅子に腰掛けたまま、槍を壁に立てかけ、しばらく何もせずに座っていた。


体は疲れていない。


戦っていないのだから当然だ。


だが、頭の中だけが忙しかった。


「……無理だな」


ぽつりと呟く。


巨大蜘蛛の姿が、まだはっきりと残っている。


正面から見たわけではない。


全体像も見えていない。


それでも分かった。


あれは今の自分がどうこうできる相手ではない。


強いとか、速いとか、そういう話ではない。


戦闘が成立しない。


「怖かった?」


リアが机の上に座りながら聞く。


「いや」


ロイは首を振った。


「計算しただけだ」


距離。糸の量。中型蜘蛛の数。逃げ道。


どれを取っても、戦う理由がなかった。


踏み込んだ時点で負ける。


それだけの話だ。




ようやく立ち上がり、防具を外す。


革鎧の表面には細かな擦り傷が増えていた。


狼の牙ではない。


糸に引っかかり、壁に擦れた跡だ。


「……これもだな」


以前は気にならなかった傷だ。


だが今は違う。


糸が増えた環境では、小さな引っかかりが動きを止める。


それが致命的になる。


「足りないもの、多いね」


リアが言う。


「ああ」


否定しない。


むしろ、はっきりしてきた。




糸への対処がない。


毒を前提にした戦い方になっていない。


長く戦えば、こちらが不利になる。


そして何より――。


「今の装備は、中層までだ」


言葉にすると、妙に納得できた。


ここまでは順調だった。


ゴブリンも、狼も、スライムも。


だがあれは違う。


階層が変わったのではない。


敵の質が変わった。




袋から素材を取り出す。


中型蜘蛛から得た糸。


小蜘蛛のものより太く、しなやかだった。


引っ張ってみる。


簡単には切れない。


「これ、防具に使えるんじゃない?」


「たぶんな」


軽い。


そして強い。


絡まりにくく加工できれば、今の環境に合う。


問題は、どう使うかだ。


ロイはしばらく糸を眺めていた。


商家の知識が自然と働く。


素材の質、用途、価値。


売れば金にはなる。


だが――。


「……売らないな」


今回は違う。


使うべき素材だ。




翌日、ロイはギルドへ向かった。


昼前のギルドはいつも通り賑わっている。


依頼掲示板の前には新人冒険者が集まり、奥では中堅冒険者が酒を飲みながら話している。


いつもと変わらない光景。


だが耳に入る会話の内容は少し変わっていた。


「最近、蜘蛛多くねえか?」


「中層の奥に行かなきゃ問題ねえよ」


「浅いとこは変わらんしな」


軽い調子だった。


危機感はない。


実際、多くの冒険者にとってはその通りなのだろう。


奥に行かなければ問題ない。


だがロイには、それが通用しない。


奥に行かなければならないからだ。




「お前か」


不意に声をかけられた。


振り向くと、見覚えのない老人が壁際に立っていた。


背は高くない。


装備も普通だ。


だが立ち方が違う。


無駄がない。


「最近、よく見かけるな」


ロイは軽く頭を下げる。


「そうですか」


「引き際を分かってる顔だ」


老人は笑った。


「無理して突っ込むやつは、だいたい長く続かん」


それだけ言って、興味を失ったように視線を外す。


ロイは少しだけ首を傾げたが、それ以上話しかけることはなかった。


ただの老人。


そう思った。




ギルドを出たあと、ロイは空を見上げた。


時間は減っている。


だが焦っても意味はない。


あれを倒すには、準備がいる。


装備。


方法。


そして順番。


「次は」


小さく呟く。


「倒すために入る」


確認するような言葉だった。


リアが小さく笑う。


「やっとだね」


ロイは答えなかった。


ただ、東ダンジョンの方向を見た。


あそこはもう、稼ぐ場所ではない。


攻略する場所だ。


いつもありがとうございます。


面白いと思っていただけたら、

★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。


本作は毎日更新中です。

明日もお待ちしています。


作者の新作です。

現代日本×ヒーローSF

 「魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》」

蜂型の機兵が侵略者と戦う物語です。

もしよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです。

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