第34話 増えすぎた原因
毎日20時投稿
毒消しポーションを腰袋に入れ直しながら、ロイは小さく息を吐いた。
昨日の戦闘の感触が、まだ体に残っている。
傷自体はもう問題ない。毒も完全に抜けている。だが、あの一瞬の感覚だけは消えなかった。
足に力が入らなくなる感覚。
動けなくなる予感。
「今日は多めだね」
リアが瓶の数を覗き込む。
「ああ。念のためだ」
中型蜘蛛が一体とは限らない。
そう思うようになっただけでも、昨日までとは違っていた。
ダンジョンに入る。
下層へ向かう途中までは、いつもと変わらない。
だが中層に降りた瞬間、ロイは足を止めた。
「……増えすぎだな」
糸の量が明らかに違う。
昨日まで“邪魔”だったものが、今は“障害”に近い。
通路の端から端へ張られた糸。天井から垂れ下がる束。場所によっては、槍で払いながらでなければ進めない。
「小蜘蛛も多い」
リアが言う。
確かに、壁の影に小さな影がいくつも動いている。
近づけば散るが、数が多い。
「……奥にいるな」
理由は分かっている。
昨日倒した個体だけではない。
もっといる。
進む速度は自然と落ちた。
無理に進めば糸に足を取られる。視界が塞がれる。それだけで判断が遅れる。
小蜘蛛を二体処理し、ロイはすぐに歩き出す。
戦闘は短い。
だが、数が増えている。
「前より静かじゃない?」
リアが周囲を見回す。
「ああ」
狼の気配が少ない。
ゴブリンも見ない。
その代わりに、糸だけが増えている。
まるで、この階層そのものが変わり始めているようだった。
通路を曲がった瞬間、ロイは反射的に身を低くした。
気配。
一つではない。
「……止まれ」
小声で言う。
リアもすぐに口を閉じた。
前方。
糸の奥で、何かが動いた。
脚の影。
大きい。
昨日戦った個体と同じ大きさ。
そして、もう一つ。
別の方向でも糸が揺れた。
「……二体」
小さく呟く。
姿ははっきり見えない。
だが気配は確かだった。
距離はまだある。
気づかれてはいない。
「どうする?」
リアが囁く。
答えはすぐに出た。
「戻る」
迷いはなかった。
勝てるかどうかではない。
二体同時に相手をする理由がない。
だが、後退した瞬間だった。
足元の糸が切れる音がした。
小さな音。
だが十分だった。
前方の影が動く。
「……っ」
気づかれた。
蜘蛛が壁を走る音が近づく。
速い。
「走らない」
ロイは自分に言い聞かせる。
走れば足を取られる。
腰袋から瓶を取り出し、後方へ投げた。
油が床に広がる。
蜘蛛が踏み込み、脚が滑る。
その隙に距離を取る。
投擲ダガーを一本投げ、追撃の角度をずらす。
倒すためではない。
近づかせないためだ。
戦わない戦闘。
距離を保ちながら、確実に後退する。
通路を曲がる。
気配が遠ざかる。
蜘蛛は深追いしてこなかった。
縄張りの外に出たのだろう。
ようやく足を止める。
「……はあ」
大きく息を吐く。
戦っていないのに、背中に汗が滲んでいた。
「今の、危なかったね」
「ああ」
正直に認める。
一体なら勝てたかもしれない。
だが二体ならどうなっていたか分からない。
毒を受けた状態で、もう一体が来ていたら。
考えるだけで背筋が冷えた。
帰路につく。
今日はここまでだ。
これ以上進む意味がない。
歩きながら、ロイは考えていた。
小蜘蛛が増えた理由。
中型が上がってきている理由。
巣の規模。
すべてが繋がっていく。
「……どこかにいるな」
「なにが?」
「まとめてるやつが」
自然と口に出ていた。
小蜘蛛も、中型も、ただ増えただけではない。
増え方に偏りがある。
中心があるはずだ。
出口が見える。
外の光が近づく。
リアが小さく言った。
「これ、下だけの問題じゃないかも」
ロイは答えなかった。
否定できないからだ。
東ダンジョンの奥で、何かが確実に動いている。
そしてそれは、まだ姿を見せていない。
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