第30話 制限時間
毎日20時投稿
中層に降りると、ロイは何も言わずに天井を見上げた。
もう癖になっている。
糸の位置を確認するのは、今では足場を見るのと同じくらい自然な動作だった。
「……また増えてるな」
昨日よりも、確実に。
通路の端から端へ渡された細い糸。天井の影に重なるように張られたものもある。視界を塞ぐほどではないが、無視できる量でもなくなっていた。
「うん」
リアが小さく頷く。
「もう普通になってきたね」
「慣れただけだろ」
槍の柄で糸を払う。
簡単に切れる。強度は大したことはない。
だが問題はそこではない。
気にしなければならない対象が増えていること。それが、探索の速度を確実に落としていた。
最初の戦闘はすぐに起きた。
小蜘蛛が二体。
問題なく処理できる相手だ。だが、倒したあともすぐに動き出さず、ロイは周囲を確認した。
天井。
壁。
足元。
糸の位置を確認してから進む。
「……時間かかるな」
「前よりゆっくりだね」
「ああ」
否定はしない。
無理をして進めば、糸に足を取られる。視界を遮られる。それだけで判断が遅れる。
慎重に動くしかない。
さらに奥へ進む。
狼の気配を感じた。
一体。
距離は十分。
ロイは槍を構え、間合いを詰める。
狼が踏み込む。
突き。
浅く入る。
狼が止まらない。
ロイは横へ回り込もうとして、足を止めた。
天井から垂れた糸が、ちょうど進路にあった。
回り込む。
その一瞬の遅れで、狼の位置が変わる。
結果的には問題なく倒せた。
だが、以前より明らかに時間がかかっている。
「……やっぱりやりにくいな」
「うん」
リアも素直に頷く。
「戦えないわけじゃないんだけどね」
「そうなんだよな」
勝てない相手ではない。
ただ、無駄に時間がかかる。
その後も同じだった。
蜘蛛。狼。時折ゴブリン。
どれも危険ではない。
だが戦闘のたびに位置を確認し、糸を避け、余計な動きをする。
消耗は少ない。
それなのに、進めた距離は短かった。
気づけば、いつもならもう一段奥にいるはずの時間だった。
ロイは立ち止まる。
「……今日はここまでにするか」
「早いね」
「無理する理由がない」
そう答える。
事実だった。
素材も取れている。収入もある。危険もない。
ここで引くのが正しい判断だ。
帰路につく。
来た道を戻りながら、ロイは無意識に計算していた。
今日の収入。
装備の消耗。
次に必要な補充。
商家で身についた癖だ。
安定している。
悪くない。
むしろ順調と言っていい。
だからこそ――。
「ねえ、ロイ」
リアの声が、少しだけ真面目だった。
「ん?」
「このままだとさ」
少し間が空く。
リアはロイの顔を見ず、前を向いたまま言った。
「三か月なんて、あっという間だよ」
足が止まる。
言葉の意味はすぐに分かった。
分かっていて、考えないようにしていたことだった。
ダンジョンフラッド。
世界が崩れたあの日。
そして、ここに戻ってきた理由。
「……」
ロイはすぐには答えなかった。
慎重に進むことは間違っていない。
死なないことが最優先だ。
だが――。
進んでいないわけではないが、早くもない。
この速度で、本当に間に合うのか。
考えたくなかった問いが、頭の中に浮かぶ。
「……分かってる」
ようやく、それだけ言った。
リアは何も返さなかった。
ダンジョンの出口が見える。
外の光が差し込む。
ロイは一度だけ振り返った。
東ダンジョン。
これまでは、いずれ攻略する場所だった。
だが今は違う。
時間の中で、確実に近づいてくるものがある。
間に合わなければ、すべて終わる。
その現実が、ようやく形を持ち始めていた。
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