第28話 少しだけやりにくい
毎日20時投稿
中層に降りた瞬間、ロイは自然と天井を見上げていた。
自分でも気づかないうちに、そうしていた。
「……増えてるな」
昨日より、確実に。
糸は細い。視界を完全に塞ぐほどではない。だが、通路の角や天井の梁のような出っ張りに、以前より明らかに多く張られている。
「うん」
リアも同じ場所を見ている。
「昨日より多い」
「まあ……増える時は増えるだろ」
ロイは槍の先で糸を払いながら進んだ。
危険ではない。
ただ、面倒だ。
それだけだ。
通路を進むたび、糸が目に入る。
足元に一本。壁際に二本。気づかず進めば顔にかかりそうな位置にもある。
注意していれば問題ない。
だが、注意しなければならない対象が一つ増えている。
それが微妙に神経を削っていた。
「……前はこんなこと考えなくてよかったんだけどな」
「何が?」
「上ばっかり見て歩くこと」
リアが小さく笑う。
「ロイ、もともと下ばっかり見てたもんね」
「足場の方が大事だからな」
だが今は違う。
上も、前も、足元も見る必要がある。
それだけで集中の配分が変わる。
気配が動いた。
蜘蛛が三体。
以前より一体多い。
「……またか」
槍を構える。
蜘蛛自体は脅威ではない。速さも攻撃力も低い。問題は数と位置だ。
一体が正面から来る。
突き。
倒れる。
だが残り二体が左右に分かれた。
ロイは半歩下がる。
距離を取る。
ここまでは問題ない。
踏み込もうとした瞬間、視界の端で糸が揺れた。
天井から垂れた一本が、槍の軌道にかかる。
「……っ」
わずかに動きを修正する。
その間に、蜘蛛がもう一歩近づいた。
危険ではない。
だが、いつもより近い。
横に払って距離を作り、二体目を処理する。最後の一体もすぐに終わった。
戦闘時間は短い。
だが終わったあと、ロイは小さく息を吐いた。
「……やりにくいな」
「うん。ちょっとだけ」
リアも頷く。
今までなら迷わず踏み込めた距離だった。だが、糸があるだけで判断が一瞬遅れる。
その一瞬が、妙に気になる。
ドロップはやはり蜘蛛糸だった。
袋の中で、少しずつ量が増えている。
「素材としては悪くないんだけどね」
「売れるからな」
実際、収入は増えている。
戦闘も危険ではない。
それなのに、気分は少しだけ重い。
理由ははっきりしている。
余計なことを考えなければならないからだ。
さらに進む。
狼の気配を感じた。
一体。
いつもなら問題ない相手。
ロイは槍を構え、間合いを測る。
狼が踏み込む。
突き。
浅い。
狼が止まらない。
ロイは横へ避けようとして――足がわずかに止まった。
靴の裏に、糸が絡んでいた。
「……!」
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ動きが遅れる。
牙が近づく。
反射的に左腕を上げる。
ガン、と鈍い音。
アームバックラーに牙が当たり、衝撃が腕に走る。
距離が開く。
すぐに体勢を立て直し、槍を突き込んだ。
狼は倒れた。
静寂が戻る。
「……今のは」
リアが小さく言う。
「ああ」
ロイは短く答えた。
危なかったわけではない。
防げた。
だが――。
「……余計な動きが増えてるな」
靴を軽く払う。
糸はすぐに切れた。
大した強度ではない。
だが、戦闘中に意識を割かれるのが問題だった。
帰路につく。
今日はこれ以上進まない方がいい。
消耗は少ないはずなのに、妙に疲れている。
戦闘が難しいわけではない。
ただ、集中力が続かない。
「ロイ」
「ん?」
「少し嫌な感じしない?」
リアの声は軽かったが、いつもより静かだった。
「……まあ、やりにくいのは確かだな」
「前はもっと、すっきり戦ってた」
「そのうち慣れるさ」
ロイはそう言った。
実際、その通りだと思っている。
ダンジョンは変わるものだ。
それに合わせて動きを変えればいい。
ロイが去った後。
天井の奥で、糸がわずかに震えた。
一本ではない。
何本も。
その中心で、何かがゆっくりと位置を変える。
まだ、降りてくる気配はない。
だが、確実に距離は近づいていた。
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