第27話 増え始めた糸
毎日20時投稿
中層に降りてすぐ、ロイは足を止めた。
「……増えてるな」
思わず口に出た。
通路の天井。壁の角。以前は注意して見なければ分からなかった糸が、今ははっきりと目に入る。
細いが、数が多い。
「うん」
リアも周囲を見回している。
「昨日より多い」
「……まあ、蜘蛛が増えてるんだろ」
そう言いながらも、ロイは槍の柄で軽く糸を払った。絡みつくほどではないが、放っておけば視界の邪魔になる。
危険ではない。
ただ、少し面倒だ。
それが正直な感想だった。
通路を進む。
気配はある。だが以前より遠い。モンスターの数が減っているのは相変わらずだ。
その代わりに、糸が増えている。
足元に一本。
天井から二本。
気づかず進めば顔にかかりそうな高さにも張られている。
「……これ、いつからこんなに?」
「最近だよね」
リアが言う。
「前はここまでじゃなかった」
「深層から迷い出たのが増えたのかもな」
ロイはそう答える。
ダンジョンでは珍しい話ではない。階層が完全に分かれているわけではないのだから。
単体なら問題はない。
そう思っていた。
気配が動く。
今度は蜘蛛だった。
一体ではない。
二体。
壁を伝うように素早く動き、間合いを詰めてくる。
「……増えたな」
槍を構える。
狼ほどの速さではない。落ち着いて距離を取れば問題ない相手だ。
一体目を突く。
倒れる。
だが二体目がすぐ横へ回り込む。
踏み込み直し、横薙ぎに払う。
短い戦闘だった。
「数がいるとちょっと面倒だね」
「まあな」
危険ではない。
だが、以前より動きに気を使う。
通路の広さ、糸の位置、足場。余計に見るものが増えている。
それだけだ。
ドロップはまた蜘蛛糸だった。
束ねると、そこそこの量になる。
「素材としてはいいんだけどね」
「売れるしな」
ロイは袋にしまいながら答える。
軽くて丈夫な素材は需要がある。防具補強にも使えるし、買取価格も悪くない。
収入として見れば、むしろありがたい。
――ただ。
「……前より歩きにくいな」
ぽつりと漏れる。
糸を避けるために進路を少しずつ変える必要がある。大したことではないが、集中力を削られる。
「慣れれば平気じゃない?」
「そうだな」
ロイは頷いた。
実際、慣れれば問題ない程度だ。
さらに奥へ進む。
狼の気配を感じた。
一体。
問題ない距離。
だが、踏み込もうとした瞬間、視界の端で糸が揺れた。
ほんの一瞬、意識がそちらへ向く。
そのわずかな遅れで、狼の踏み込みがいつもより近くなる。
「……っ」
反射的に距離を取り直す。
危なかったわけではない。
だが、いつもより余裕がなかった。
槍を構え直し、落ち着いて突く。
狼はすぐに倒れた。
「……やっぱり邪魔だな」
小さく呟く。
「危なかった?」
「いや」
ロイは首を振る。
「ただ、集中が散る」
それが一番厄介だった。
帰路につく頃には、袋の中は糸素材で少し重くなっていた。
収入としては悪くない日だ。
戦闘も問題なかった。
ただ――。
「最近、ダンジョン変わった気がするね」
リアが言う。
「そうか?」
「うん。なんか、前より……狭い感じ」
ロイは少しだけ考える。
確かに、視界が塞がれることは増えた。通路そのものが変わったわけではないが、動きにくさはある。
「まあ、そのうち落ち着くだろ」
そう結論づける。
ダンジョンは変化するものだ。
それ自体は珍しくない。
ロイが去った後の通路。
切られた糸の先が、ゆっくりと揺れる。
天井の奥。
光の届かない場所で、糸はさらに密度を増していた。
本来なら、もっと深い階層にあるはずの巣が、静かに広がっている。
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