第26話 実地での初心者講習
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講習二日目は、実地だった。
ギルド裏手の集合場所には、前回と同じ顔ぶれが集まっている。十人ほどの新人冒険者に混じって、ロイは少しだけ離れた位置に立っていた。
年齢層が違う。
それが一番大きかった。
参加者の多くは十五、六歳。成人して間もない者たちだ。装備は新しく、動きもまだぎこちない。緊張と期待が入り混じった表情をしている。
ロイは二十歳だ。
遅れて始めた分、どうしても距離ができる。
「ロイさん」
声をかけてきたのは、例の三人組だった。
幼馴染だという男二人と女一人のパーティ。装備はきちんと整えているが、まだ使い慣れていないのが分かる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
軽く頭を下げる。
三人はどこか楽しそうだった。初めての実地講習ということもあるのだろう。これからダンジョンに入るというのに、緊張よりも期待の方が勝っている。
少しだけ、昔の自分を思い出した。
「始めるぞ」
低い声が響く。
爺さん――ギルド相談役が、いつの間にか中央に立っていた。
「今日は浅層だ。死ぬ場所じゃない」
その言い方に、何人かが苦笑する。
だがロイは分かっていた。
死なない場所など、ダンジョンには存在しない。
「目的は強くなることじゃない。戻ってくることだ」
爺さんはそれだけ言い、歩き出した。
浅層は明るい。
中層に比べれば空気も軽く、圧迫感がない。初心者向けと言われる理由がよく分かる。
最初に遭遇したのはゴブリンだった。
二体。
「いける!」
三人組の片方が先に飛び出した。
もう一人が追い、女の子が後ろから援護する。
動きは悪くない。
だが、距離が近い。
ゴブリンの棍棒が振り下ろされ、男の一人が慌てて後ろに下がる。かすめただけだが、姿勢が崩れる。
「下がれ」
爺さんの声が飛ぶ。
短い戦闘の末、ゴブリンは倒れた。
「今のは悪くない」
爺さんは淡々と言う。
「だが、当たる位置まで入るな」
三人は少し悔しそうに頷いた。
ロイは少し離れた場所で、それを見ていた。
間違ってはいない。
ただ、近い。
中層で同じことをすれば、狼に噛まれて終わる距離だった。
「ロイさんは行かないんですか?」
別の参加者が聞いてくる。
「必要ないだろ」
ロイは答える。
すでに囲めている。自分が入る意味はない。
それだけだった。
その後も戦闘は何度かあった。
ゴブリン、スライム、小型の魔物。
浅層なので危険は少ない。
だが、参加者たちは何度も軽く被弾していた。
腕をかすめる。盾を弾かれる。足を取られる。
致命傷ではない。
だが、確実に怪我へ繋がる動きだ。
ロイはそれを見ながら、少しだけ違和感を覚えていた。
――普通なのだ。
これが。
自分がやってきた動きの方が、むしろ例外なのかもしれない。
「休憩だ」
爺さんが言い、全員がその場に座り込む。
水を飲みながら、三人組がロイに話しかけてきた。
「やっぱ中層行ってる人は違いますね」
「そうか?」
「全然当たってないじゃないですか」
ロイは少し困った顔をする。
「当たらないようにしてるだけだ」
「それが難しいんですよ」
笑いながら言う。
悪意はない。ただ純粋な感想だった。
少し離れた場所で、爺さんがそれを見ていた。
何も言わない。
ただ観察している。
ロイが立ち上がり、次の移動に備えて装備を確認する様子。周囲を見てから動く癖。無駄に踏み込まない距離感。
強いわけではない。
技術も完成していない。
だが――。
「……」
爺さんは小さく息を吐いた。
中層まで行く冒険者で、大怪我をしたことがない者などほとんどいない。
一度はやられる。
骨を折るか、深く裂かれるか、装備を壊されるか。
そうやって覚える。
だが、あの男にはそれがない。
偶然では続かない。
「……妙だな」
誰にも聞こえない声だった。
講習は夕方前に終わった。
大きな事故もなく、全員が無事に戻る。
それが今回の目的だった。
ギルドへ戻る途中、三人組の一人が言った。
「ロイさん、一緒に組みません?」
「え?」
「中層、教えてほしいんです」
悪い話ではない。
だがロイはすぐに首を振った。
「俺は一人の方が動きやすい」
少しだけ残念そうな顔をする三人。
ロイも申し訳ないとは思った。
だが、判断の速度が違う。
危険だと思った瞬間に引く。その判断を他人に合わせるのは難しい。
「そうですか……」
「悪いな」
「いえ!」
三人はすぐに笑った。
若さだな、とロイは思う。
解散後。
ギルドの前で、背後から声がかかった。
「お前さん」
振り返る。
爺さんだった。
「……はい?」
「中層、楽か?」
前にも聞かれた質問だった。
「まあ、前よりは」
「そうか」
爺さんはそれ以上何も言わず、しばらくロイを見ていた。
「……気をつけろよ」
「何をです?」
「楽な時ほど、崩れるのは早い」
それだけ言って、背を向ける。
ロイは少し首を傾げた。
経験談なのだろう。
深く考えることはなかった。
その夜。
中層の奥で、細い糸がまた一本増えていた。
本来なら、もっと下にあるはずの巣が、少しずつ上へ広がっている。
だが、それに気づく者はまだいない。
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