第25話 小さな蜘蛛
毎日20時投稿
中層に降りた瞬間、ロイはまた同じ感覚を覚えた。
静かだ。
悪い意味ではない。むしろ探索しやすい。遠くで響くはずの物音が少なく、空気が妙に落ち着いている。
ここ数日、ずっとそうだった。
「今日も少なそうだな」
槍を肩に担ぎながら呟くと、リアが隣でふわりと浮かぶ。
「うん。なんか……空いてる感じ」
「ダンジョンに空いてるも何もないだろ」
苦笑しながらも、ロイも同じことを感じていた。
以前はもっと、どこかで何かが動いている気配があった。今はそれが薄い。敵がいないわけではないが、間隔が空いている。
悪いことではない。
戦闘が減れば消耗も減る。
そう考え、ロイは通路を進んだ。
最初に遭遇したのはゴブリンだった。
一体だけ。
こちらに気づくのも遅く、槍の一突きで終わる。
「……本当に少ないな」
「最近こんな感じだよね」
「ああ」
魔石を回収しながら、ロイは周囲を見回した。
気配はない。
静かだ。
以前なら不気味に感じていたかもしれないが、今は違う。中層での動きにも慣れ、危険な場所の感覚も掴めている。
無理をしなければ死なない。
そう思えるようになっていた。
通路の角を曲がった時だった。
小さな影が壁際を走る。
ロイは反射的に足を止めた。
影はすぐに動きを止め、こちらを向く。
蜘蛛だった。
手のひらより少し大きい程度の体。脚を広げ、じっとこちらを見ている。
「……蜘蛛?」
中層では珍しい。
いないわけではないが、あまり見かける種類ではなかった。
「どうする?」
リアが聞く。
「倒す」
ロイは槍を構える。
蜘蛛は素早く動いたが、直線的だった。狼ほどの速度も圧力もない。落ち着いて距離を取れば問題ない。
踏み込み。
突き。
短い手応えとともに、蜘蛛は動かなくなった。
「……弱いな」
「うん。ちょっと拍子抜け」
警戒していた分、あっさり終わった。
ロイは死骸を見下ろしながら思い出す。
確か、蜘蛛系はもっと下の階層に多いはずだ。
深層に近いほど巣を作る個体が増える、と聞いたことがある。
「迷い出たやつか」
「そういうことあるの?」
「たまにあるらしい」
ダンジョンでは、モンスターの出現位置が完全に固定されているわけではない。深層の個体が上に出てくることも、逆に上層の個体が下に現れることもある。
珍しくはあるが、異常というほどではない。
少なくとも、単体なら問題にはならない。
しゃがみ込み、ドロップを確認する。
残っていたのは、細く束ねられた糸だった。
「素材か」
指で引いてみる。
細いが、強度がある。軽く引っ張った程度では切れない。
「これ、いいやつじゃない?」
リアが言う。
「……たぶんな」
ロイは頷いた。
軽くて丈夫な素材は防具補強に向いている。売っても値段がつくだろうし、自分で使うのも悪くない。
「当たりだな」
「増えたら嬉しいね」
「まあな」
袋にしまいながら、ロイはそう答えた。
危険な相手ではない。素材になるなら歓迎だ。
歩き出してしばらくした時だった。
足元がわずかに引っかかる。
「っと」
体が前に流れる。
すぐに踏みとどまり、転倒はしなかった。
「大丈夫?」
「ああ」
足元を見る。
細い糸が張られていた。
靴に絡んでいたそれを軽く払うと、簡単に切れた。
「……少し増えてるな」
「さっきの蜘蛛の?」
「だろうな」
危険というほどではない。ただ、気づかなければ少し面倒な程度だ。
ロイはそれ以上気にせず歩き出した。
その日の探索は、結局ほとんど戦闘がなかった。
狼とも遭遇しない。
代わりに宝箱を一つ見つけ、魔石と素材を回収する。
収入としては悪くない。
「今日は楽だったな」
出口へ向かいながらロイが言う。
「うん」
リアの返事は少しだけ遅れた。
「どうした?」
「……なんかね」
リアは天井を見上げる。
「増えてる気がする」
ロイも視線を上げる。
細い糸が、いくつか見える。
だが、注意して見なければ気づかない程度だ。
「迷い込んだのが何匹かいるだけだろ」
軽く言う。
「素材になるなら悪くない」
リアは少しだけ黙ったあと、いつもの調子で笑った。
「ロイらしいね」
ロイが去った後の通路。
切れた糸の先が揺れている。
本来なら、ここにあるはずのない量の糸が、天井の奥で静かに重なっていた。
その中心で、何かがゆっくりと動く。
だが、それに気づく者はいなかった。
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