第24話 静かな中層
毎日20時投稿
中層に降りた瞬間、ロイはわずかに違和感を覚えた。
空気が軽い。
それが最初の印象だった。
いつもと同じはずの通路。壁の光も、湿り気のない空気も変わらない。だが、どこか音が少ない。
「……静かだな」
思わず口に出る。
「うん」
リアも同じことを感じているらしく、周囲を見回していた。
普段なら、遠くで何かが動く音がする。狼の足音や、ゴブリンの小さな声。気配としてはっきり分からなくても、ダンジョンの中には常に何かがいる感覚がある。
今日はそれが薄い。
悪いことではない。
むしろ楽だ。
ロイは槍を軽く持ち直し、通路を進んだ。
最初の戦闘は、かなり奥に入ってからだった。
ゴブリンが一体。
こちらに気づくのも遅く、ほとんど反応する間もなく倒れた。
「……少ないな」
「最近、こんな感じ?」
「いや」
ロイは首を振る。
「ここまで少ない日はなかった」
だが、それ以上気にする理由もない。
ダンジョンの湧きには波がある。今日はたまたま少ない日なのだろう。そう考える方が自然だった。
実際、戦闘が少ないのは助かる。
消耗は減るし、探索時間も伸びる。
商人として考えれば、これ以上ない好条件だ。
通路を進みながら、ロイは足取りの軽さを感じていた。
警戒はしている。
だが、神経を削られる感覚がない。
無理に戦う必要もない。
結果として、探索が早い。
「今日は当たりかもな」
自然とそんな言葉が出た。
「……そうかな」
リアの返事は、少しだけ歯切れが悪かった。
「何か変か?」
「うーん……」
リアは首を傾げる。
「静かすぎる気がする」
「楽でいいじゃないか」
「まあ、そうなんだけど」
リアは納得しきれていない様子だったが、それ以上は言わなかった。
その日の探索は、驚くほど順調だった。
狼との遭遇は一度だけ。しかも単体で、危なげなく処理できた。ゴブリンも少ない。
代わりに、宝箱を二つ見つけた。
どちらも罠はなく、中身も悪くない。
「……珍しいな」
「今日は運いいね」
「ああ」
ロイは素直に頷いた。
中層でこれだけ戦闘が少なく、収入がある日は珍しい。時間に余裕もある。このまま少し奥まで進んでもいいかもしれない。
そう思いかけて、足を止めた。
――いや。
無理をする理由はない。
今日は十分だ。
そう判断し、帰路につく。
帰り道。
通路の角で、ロイはふと足を止めた。
何かが光った気がした。
「……?」
近づいて見る。
細い糸だった。
壁と壁の間に、一本だけ張られている。
指で軽く触れると、簡単に切れた。
「蜘蛛か」
珍しいことではない。
小型の蜘蛛はたまにいると聞いたことがある。深層から時々漏れて、中層まで出てくることがあるらしい。
ロイはそれ以上気にせず歩き出した。
「……前からあったよ?」
後ろでリアが小さく言う。
「今まで気づかなかったな」
リアは少しだけ振り返る。
だが、何も言わずについてきた。
さらに進む。
今度は天井近くに糸が見えた。
細く、光に反射してようやく分かる程度だ。
これも珍しくはない。
中層でも蜘蛛はいる。
ただ――。
ロイは少しだけ考えた。
こんなに続けて見たことはあっただろうか。
「……まあ、増える時もあるか」
すぐに結論を出す。
危険は感じない。戦闘もなかった。実害はない。
それ以上考える必要はない。
出口が近づく。
ダンジョンの空気がわずかに変わる。外の風が混じる場所だ。
今日の探索は成功だった。
消耗も少なく、収入も悪くない。
理想的な一日。
「ねえロイ」
リアが言った。
「ん?」
「最近、楽だね」
「いいことだろ」
「……うん」
リアは少しだけ言葉を濁した。
「でもさ」
「なんだ?」
「楽な時って、あとで大変になること多くない?」
ロイは笑った。
「それは商売の話だろ」
「ダンジョンも似たようなものだと思うけど」
「考えすぎだ」
そう言って歩き出す。
リアは何も言わなかった。
ロイが去った後の通路。
切られた糸の先が、わずかに揺れていた。
天井の奥。
光の届かない場所に、さらに何本もの糸が重なっている。
その奥で、何かがゆっくりと動いた。
だが、それに気づく者はいなかった。
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