第23話 老いた元冒険者
毎日20時投稿
ギルドの中は、いつもより少しだけ騒がしかった。
扉を開けた瞬間、ロイはそれに気づいた。怒号や喧嘩の類ではない。ざわつきというほどでもない。ただ、空気の流れが普段と違う。
視線が一箇所に集まっている。
「……なんかあるな」
小さく呟くと、肩の横でリアがくるりと回った。
「うん。人、多いね。どうしたんだろ」
昼前の時間帯は、本来そこまで混まない。探索から戻るには早く、これから潜るには遅い時間だ。
それなのに、奥のテーブルの周りに冒険者が数人集まっている。
ロイは特に気にせず、いつものようにカウンターへ向かった。
素材袋を置く。
「お願いします」
「あ、ロイさん。少しお待ちくださいね」
受付の女性は慣れた様子で中身を確認し始めた。狼の魔石、装備素材。
「最近、中層安定してますね」
「まあ、無理してないだけです」
同じやり取りだが、以前とは意味が違う。
前は慰めの言葉だった。今は、事実として言われている。
「……あの」
受付が少し声を落とした。
「講習の件、聞いてますか?」
「講習?」
「初心者向けの安全講習です。ギルド相談役の方が来ていて――」
そこで、後ろから声がした。
「お前さんか」
低く、落ち着いた声だった。
ロイが振り返る。
そこにいたのは、一人の老人だった。
特別な装備はしていない。古びた革鎧に、使い込まれた短剣。年齢相応の体つきで、冒険者というよりは引退した職人のようにも見える。
だが――目だけが違った。
静かで、よく見ている目だった。
「……?」
ロイが首を傾げると、老人は小さく笑った。
「中層を一人で回ってるって聞いてな」
「まあ、はい」
「死なない動きをしている」
唐突な言葉だった。
褒められているのかどうか、すぐには分からない。
「強いわけじゃないな」
続けて言われ、ロイは苦笑した。
「自覚はあります」
「だろうな」
老人はそれ以上何も言わず、ロイの横を通り過ぎる。
それだけだった。
だが、すれ違った瞬間。
リアがぴたりと動きを止めた。
「……」
何か言いかけて、黙る。
ロイは気づかなかった。
老人はそのまま奥の席へ戻り、周囲の冒険者と何か話し始める。内容までは聞こえないが、講習の話らしい。
受付が小さく咳払いした。
「……あの方、昔はトップ層の冒険者だったんです」
「へえ」
ロイは素直に驚いた。
見た目からは想像できない。
「今は相談役として、たまに来てくださるんです。今回は初心者講習のためで」
「初心者、ですか」
「ロイさんも対象です。冒険者登録から二か月経っていない方は対象なので」
きっぱり言われた。
「……中層行ってても?」
「ええ」
受付は微笑む。
「だからこそ、です」
ロイは少しだけ考えた。
講習自体に興味はない。だが、ギルドの勧めを無視する理由もない。
「分かりました」
短く答える。
換金を終え、ギルドを出る。
昼の光が少し眩しい。
「ねえロイ」
リアが小声で言った。
「さっきの人」
「爺さんか?」
「……うん」
少し間を置く。
「あの人、見えてた」
ロイは足を止めた。
「何が?」
「……ううん。なんでもない」
リアはすぐに笑ってごまかした。
だが、その表情は少しだけ真面目だった。
数日後。
講習はギルド裏の訓練場で行われた。
参加者は十人ほど。ほとんどが若い冒険者で、ロイより年下に見える者も多い。
その中に、見覚えのある三人組がいた。
「あ、ロイさん」
声をかけてきたのは、以前ギルドで見かけたパーティだった。男二人に女一人。装備は新しいが、まだ使い慣れていないのが分かる。
「中層行ってるって聞きました」
「まあ、少しだけ」
「すげえなあ」
素直な感想だった。
悪意はない。だがロイは少しだけ居心地の悪さを感じる。
自分は特別ではない。ただ、死に戻りができるだけだ。
その事実を誰も知らない。
「始めるぞ」
爺さんの声が響いた。
いつの間にか中央に立っている。
「強くなる講習じゃない。死なないための講習だ」
ざわつきが止まる。
「強い奴は勝手に強くなる。だが死ぬ奴は、だいたい同じ死に方をする」
ロイは無意識に耳を傾けていた。
「焦る。欲張る。引くのが遅い」
淡々とした言葉だった。
だが、妙に現実味がある。
「……」
爺さんの視線が一瞬だけロイに向く。
すぐに外れる。
何も言わない。
それでも、見透かされたような感覚が残った。
講習は基本的な内容だった。
隊列の取り方、退路の確保、撤退の判断。
ロイにとっては既に身についていることが多い。
だが、他の参加者は真剣に聞いていた。
実際、多くの冒険者はそこまで考えていないのだろう。
「なあロイさん」
休憩中、三人組の一人が話しかけてきた。
「中層って、やっぱ危ないですか?」
「危ないな」
ロイは即答した。
「でも、無理しなければ死なない」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。
以前の自分なら、こんなことは言えなかった。
講習が終わり、人が散っていく。
ロイが帰ろうとした時、後ろから声がかかった。
「お前さん」
振り返る。
爺さんだった。
「……はい?」
「最近、中層は楽か?」
唐突な質問だった。
「まあ、前よりは」
「そうか」
それだけ言って、爺さんは空を見上げた。
「楽な時ほど、奥は荒れている」
ロイは少しだけ首を傾げる。
「経験談ですか?」
「そういうもんだ」
老人はそれ以上説明しなかった。
ただ、小さく笑う。
「まあ、死なない動きをしているうちは大丈夫だろう」
それだけ言って、背を向けた。
ギルドを出る。
夕方の風が少し冷たい。
「……変な人だったな」
ロイが呟くと、リアが小さく笑った。
「でも、間違ってないと思うよ」
「何が?」
「ううん。なんでもない」
リアはそれ以上言わなかった。
ロイも深く考えない。
中層は安定している。
戦闘も問題ない。
明日も、同じように潜るだけだ。
――その天井の奥で、見えない場所に糸が増えていることを、まだ誰も知らなかった。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
作者の新作です。
現代日本×ヒーローSF
「魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》」
蜂型の機兵が侵略者と戦う物語です。
もしよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです。




