第21話 少しだけ楽になる
毎日20時投稿
アームバックラーを付けてから、三日が経った。
中層の空気は相変わらずだ。湿り気のない空気、薄く光る壁、どこからともなく響く遠い物音。初めて来た頃は神経を削られるような感覚があったが、今はもう身体が慣れている。
慣れた、というより。
余計な力を使わなくなった、という方が近い。
通路の先で、気配が動いた。
狼。
一体。
ロイは足を止めず、半歩だけ進路をずらす。狼が飛び込んでくる角度を外しながら、槍を低く構える。
踏み込み。
突き。
狼はそのまま崩れ落ちた。
短い戦闘だった。
「……早いね」
肩の横でリアが言う。
「まあ、慣れたからな」
ロイは淡々と答え、魔石を回収する。
嘘ではない。狼との戦闘はもう珍しくもない。動きもある程度読めるようになっている。
だが、それだけではないことも分かっていた。
左腕に固定されたアームバックラー。
それがあるだけで、ほんの少しだけ心に余裕がある。
避け損ねても終わらない。
その安心感が、動きを小さくしていた。
「最近、余裕あるよね」
リアが言う。
「そう見えるか?」
「うん。前はもっと、逃げる準備してた」
ロイは少しだけ考える。
確かに以前は、常に撤退を前提に動いていた。どこで引くか、どこまで進むか。そればかりを考えていた気がする。
今は違う。
危険を感じる前に処理できている。
だから、逃げる場面が減った。
「悪いことじゃないだろ」
「うん。悪くはないよ」
リアはそう言ってから、少しだけ言葉を止めた。
「……たぶん」
ロイは聞き返さなかった。
その日の探索は順調だった。
狼との遭遇は二度。どちらも危なげなく処理できた。ゴブリンも数体いたが、問題にならない。
以前なら緊張していた距離でも、今は落ち着いて対処できる。
無理をしている感覚はない。
ただ、楽になった。
それだけだ。
通路の角を曲がると、小さな宝箱が目に入った。
罠の気配はない。
慎重に開けると、中には魔石と簡単な装備素材が入っていた。
「また当たりか」
「最近多いね」
「探索範囲が広がったからだろ」
ロイはそう言いながら袋にしまう。
収入は安定している。装備の修理費も問題ない。このままいけば、しばらくは無理をせずに中層で稼ぎ続けられるだろう。
それは、冒険者として理想的な状態だった。
危険を冒さず、確実に稼ぐ。
商家で教えられてきた考え方と、今の自分の戦い方はよく似ている。
「ねえロイ」
「ん?」
「最近、死ぬかもって思うこと減った?」
唐突な問いだった。
ロイは少しだけ歩みを緩める。
「……まあな」
正直な答えだった。
もちろん、油断しているつもりはない。だが以前のような、常に背中に張り付くような死の気配は薄れている。
戦える。
そう思える場面が増えた。
「いいことだよね?」
リアの声は、どこか確認するようだった。
「いいことだろ」
ロイは答える。
「死なない方がいいに決まってる」
「……うん」
リアはそれ以上何も言わなかった。
帰路につく。
今日も十分な成果だった。無理に奥へ進む理由はない。
通路を進みながら、ロイはふと気づく。
以前より、足取りが軽い。
疲れていないわけではない。だが、緊張による消耗が減っている。
アームバックラーを軽く叩く。
金属の乾いた音が響いた。
守れる。
その感覚は、確かに安心を与えていた。
――そして同時に。
ほんのわずかに、踏み込みを甘くしていることにも、ロイはまだ気づいていなかった。
通路の奥。
天井近くに、細い糸が一本。
ロイはそれに気づかないまま、出口へ向かって歩いていった。
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