第20話 守るための買い物
毎日20時投稿
ギルドのカウンターに素材袋を置くと、受付の女性が慣れた手つきで中身を確認していく。
「中層素材ですね。最近安定してますね、ロイさん」
「まあ、無理してないだけです」
ロイはそう答えながら、肩の力を抜いた。
最初にここへ素材を持ち込んだ頃は、金額を聞くまで落ち着かなかった。赤字になっていないか、次の装備代は足りるか。そんなことばかり考えていた気がする。
今は違う。
大きく稼げているわけではない。だが確実に残る。修理費を払っても、次の探索に余裕を持って出られる。
それだけで十分だった。
「はい、こちらになります」
提示された金額を見て、ロイは小さく息を吐いた。
悪くない。
狼の魔石に加えて宝箱の素材もある。しばらくは装備の修理費も気にしなくていいだろう。
「……どうする?」
肩の横でリアが小さく聞いた。
「どうするって?」
「貯める?それとも使う?」
ロイは少しだけ考える。
金は使いどころを間違えなければ、命を守る道具になる。逆に、使うべきところで使わなければ、ただの重りだ。
最近の戦闘を思い出す。
狼の踏み込み。あと半歩遅れていたら、という場面が何度かあった。
勝ててはいる。
だが、それは常に余裕があったわけではない。
「……武器屋、寄るか」
リアがくすっと笑った。
「やっと?」
「壊れてない装備を変える理由はないだろ」
「まあね」
そう言いながらも、ロイの足は自然と武器屋へ向かっていた。
武器屋の扉を開けると、鉄と油の匂いが広がる。
壁に並んだ武器の間で、店主が何かを磨いていた。
「いらっしゃい」
顔を上げた店主はロイを見ると、軽く顎を引いた。
「中層行ってるらしいな」
「なんとか」
「顔つきが変わった」
ロイは苦笑するしかなかった。
そんなつもりはないが、周囲にはそう見えるらしい。
「槍は問題ないか?」
「はい。扱いやすいです」
実際、不満はない。槍には慣れているし、今の戦い方にも合っている。
だから今日は武器を見に来たわけではない。
店内を見回す。
剣。斧。槍。そして、盾。
「……盾か」
店主が視線を向けた。
「持ってなかったのか」
「重いですし。ソロだと邪魔になると思って」
「まあな」
店主は棚から一つ取り出した。
丸い、小さな金属板。取っ手はなく、裏側に革のベルトが二本ついている。
「アームバックラーだ。前腕に固定するタイプだな」
差し出されたそれを、ロイは受け取った。
思ったより軽い。
腕に当ててみると、動きをほとんど邪魔しない。
「これで守れるんですか?」
「全部は無理だ」
店主はあっさり言った。
「だがな、ソロは強さで死ぬんじゃない。事故で死ぬ」
ロイの手が止まる。
「一回の噛みつき、一回の転倒。それで終わる」
淡々とした言葉だった。
だが、実感があった。
狼との距離。牙の届く瞬間。避けきれなかったかもしれない場面。
今までは運もあった。
「腕を上げりゃ、とりあえず急所は守れる。手も空くしな。槍使いなら邪魔にはならん」
ロイはしばらく黙って考えた。
ポーション一本よりは高い。
だが、一度でも助かるなら――。
「これ、ください」
店主は小さく笑った。
「いい判断だ」
ダンジョンへ向かう道すがら、ロイは何度も腕を動かして感触を確かめていた。
前腕に固定された金属の重み。
邪魔ではない。だが確かに今までとは違う。
「守りに入った?」
リアがからかう。
「違う」
ロイは首を振った。
「長く潜るためだ」
「ロイらしい理由だね」
中層に入る。
いつもの光。いつもの静けさ。
だが腕にある装備の存在が、ほんの少しだけ心を軽くしていた。
防げるかもしれない。
その感覚があるだけで、余裕が生まれる。
――それが良いことかどうかは、まだ分からない。
しばらく進んだところで、狼の気配を捉えた。
一体。
距離は十分。
いつも通り槍を構える。
狼が飛び込む。
突き。
浅い。
狼が止まらない。
「……っ」
予想より速い。
牙が迫る。
反射的に、ロイは腕を上げた。
鈍い衝撃が走る。
牙は腕に届かず、アームバックラーに食い込んで止まった。
衝撃で腕が痺れる。
だが噛まれてはいない。
距離が開いた瞬間、ロイは槍を突き出した。
狼が崩れ落ちる。
静寂が戻る。
「……」
ロイはしばらく動かなかった。
心臓が少し早い。
「今の」
リアが静かに言う。
「なかったら、危なかったね」
ロイは腕のバックラーを見下ろした。
牙の跡が残っている。
「……安いな」
ぽつりと呟く。
ポーションは使っていない。怪我もない。
ただ、腕が少し痺れているだけだ。
「それって強くなったってこと?」
リアが聞く。
ロイは少し考えて、首を振った。
「違うな」
「じゃあ?」
「死ににくくなっただけだ」
リアは小さく笑った。
「それ、冒険者としては正解だと思うよ」
ロイは槍を担ぎ直し、歩き出した。
守るための装備。
それは確かに役に立った。
だが同時に――ほんの少しだけ、心に余裕が生まれていることに、ロイ自身はまだ気づいていなかった。
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