第百五十二話 冒険者の街
あの後、学園は三日間の休学となった。休みの一日目はメイベルからデートという名目で誘われて、正直気は乗らなかったけど断るのもそれはそれで何というか……ダサく感じてその誘いに乗ることにした。
荷物を持とうかと言われたり、昼食が手づかみで食べられるパンだったり、食事の会計を任せたり、他にもいろいろメイベルに任せっきりで、凄くモヤモヤしていた記憶がある。みじめというか……そういう一幕一幕がメイベルに気を遣われて俺のことを憐れんでいるんだろうなと一瞬でもよぎってしまう自分が……みじめだったんだろうな。
なんとなくの流れで魔物たちを全部片づけ終わり校門で言い合いになった時の話になって、メイベルからごめんなさいと謝られた。俺は突然叫んで済まないと言い、加えてクローディアさんには謝っておけよと伝える。メイベルは仏頂面で少しの間固まった後、分かったと頷いていた。
二日目はポールさんとエリザベスさんに誘われて、三日目はフィリスさんとモーガンさんに誘われた。
フィリスさんとモーガンさんと別れてから、オウカさんとばったり会ってちょっと話したりなんてことも。この三日間はいろんな人に誘われて億劫な部分もあったけど……恵まれているんだろうなと、漠然と思った。
学園が再開してからはうちのクラスに欠員いなかったけど、Aクラスの在籍者はほとんど出席していなかったらしい。二度目の魔物の侵入を許したことで、貴族たちから子供を預かると直談判があったんだとか。フィリスさんの話によるとAクラスはほとんど個別授業になっていたみたいだ。
ブランドンさん達もいなかったらしいが、家に引き取られたわけではなく退学になったと聞いた。しかも、家からも勘当されたみたいだ。なんでも、あの魔物たちを引き連れてきたのはブランドンさん達らしい。あの数の魔物が襲ってきた理由があの三人だけとは思えないし、仮にそうだったとしても学園からも実家からも見放されるのはちょっとかわいそうだ。
少し話が逸れるけど、あの見覚えのあった青白い人はフィリスさんと出会った時に襲ってきた丸刈りの冒険者だったことに気づいた。弱点でもないのに心臓を庇ったのは、人間だった時の名残のようなものだったのかもしれない。やはりというか、人型魔物の元は人間なのかもしれない。だからといって今更後悔したり、殺さないようにしようなんて殊勝な考えにはならないが。
「……二人って本当に仲良しですよね」
「はい!」
「そんなことないわよ!」
女性同士が寄り添っている姿を好物としている男たちがよだれを垂らしそうな距離感のクローディアさんとリオノーラさんが映り、ここ数日の振り返りよりも気になりの比重が大きくなったから皮肉めいた言い方でちょっかいを掛ける。リオノーラさんは凄くうれしそうに返事をし、クローディアさんは忌々しそうに叫んだ。ちょっと面白い。
「またまた。そんな嫌そうなふりをしながらも、肩と肩が触れ合う距離で恋人つなぎをしているじゃないですか」
「この女がバカ力すぎで振りほどけないのよ!というか、アンタ分かって言ってるでしょ!」
クローディアさんは眉を吊り上げつつ、ニコニコとしているリオノーラさんの手を振りほどこうと暴れる。しかし、接着剤で引っ付いているのか何の意味もなしていないようだ。
「お客さん、もうそろそろつくよ」
そんな風に二人がいちゃいちゃしている所を眺めていると、頭に傘を被せている坊主のじいさんが馬の手綱を引っ張りながらこっちへ向く。
修行僧とかいうわけじゃないらしく、何も考えずに全部剃れるのが便利だから坊主なんだとか。別に髪が薄くなってきて誤魔化すためなんかじゃねえよ、なんていうおどけを付け加えながらそんなことを言っていた。
「おお……」
「大きいわね……」
「懐かしいです」
今まで魔法なしだと登るのに三日はかかりそうな山々や細々とした村が並んでいたところに、王都なんて目じゃない、それこそ帝国なんかよりも規模の大きい街が広がっていて思わず声が漏れる。クローディアさんとリオノーラさんは思い思いの感想を口にしていた。
その街は城壁なんてものがないから丸見えで、帝国の王城なんかよりも大きそうなめちゃくちゃ目立つ建物が左側にあり、その次くらいに大きい建物が右側に、煙突から煙がモクモクとさせている鍛冶屋っぽいものは至る所で見られ、宿や酒場もあるようだ。歩いている人たちは鎧や皮のアーマ、身動きがしやすそうな服を着込んでいて、本当に噂通りなんだなと思った。
そう、俺たちは学園を離れて冒険者の街――通称トレジャータウンに来ている。学園はさぼっているわけじゃなく、ちゃんと手続きをしているから問題ない。
「じゃあ、そろそろ降りてくれ」
「えっと……。まだ着いてないと思うんですけど」
「勘弁してくれや。あんな治安悪いところなんて近寄りたくないんだよ。あんたたちの金払いがいいからここまで乗せて来たけど」
強面よりで怖いもの知らずに見えるじいさんが、おっかねえからよ、と体を両腕で抱えてわざとらしくブルブルと震える。クローディアとリオノーラ、そして俺の右腕があった場所に目を向け、
「悪りいこと言わないから、お前らもここらで引き返した方がいいぞ」
「……ご忠告はありがたいんですけど、俺にはここでやることがあるので」
やっぱりエリザベスさんから聞いた通りの力こそを是とする冒険者気質の街なのか、とため息を吐きたい気持ちを抑えつつ答えた。
「そうかい。……じゃあ代金を支払ってくれや」
「これで」
クローディアさんはじいさんが指定した金額を支払う。流れるようにして、窓際だったクローディアさんが一番最初に馬車から降りた。そして、続くように降りようとしている俺に手を伸ばす。
「はい」
「だからこれぐらい大丈夫ですって」
俺はその手を取らず馬車から降りる。俺の腕がなくなってからのクローディアさんはこういう感じで妙に過保護なのだ。俺のからかいに対してはさっき毅然と対応したみたいにいつも通りなんだけど、ちょっと俺が労力をかけるようなことがあったらすぐ手助けしてこようとしてくる。冗談で俺の足になって欲しいと要求したら、俺のことを背負おうとしてきたときは本気でビビった。
学園から出てすぐは、食事の介護をしようとして来たり、着替えの用意とか宿の布団を俺の分まで用意してくれたり、といった感じだった。しかも、別にやらなくていいって言っても手伝おうとしてきたし。しまいにはちょっと頬を染めながら水浴びの手伝いをすると言い出してきて、子供の頃にサンタクロースが父親だと知った時以来の衝撃を受けた俺は、お前は俺のおかんか、と叫ぶ、なんてこともあった。まあ、そんなことがあってからは、やめてほしいと言えばあきらめてくれるようになったけど。やりすぎだって気づいたんだろう。
「ギルドに行くわよ」
これでもマシになったんだよな、なんて思いつつじいさんの馬車が来た道を戻っている所を見つめていたら、この街で一番大きい建物に目を向けるクローディアさんの発言が耳に入る。
クローディアさんはこの街でやることを事前に練っているみたいで、冒険者ギルドに寄ってから宿の手配するとか、ダンジョン攻略をすることになるだろうからここのダンジョンに慣れている冒険者を雇うとか、色々と考えているらしい。頼もしい限りだ。
街に近づくとドンドンと騒がしくなり、真っ昼間から酒盛りをしている奴らとか、女性パーティー近づいて返り討ちになっている奴らとか、平場で殴り合っている奴らとそのそばで煽り金を掛けているような奴らとかが見えるようになってくる。
「……ガラ悪いわね」
「そういう人達だったり、そういう人たちを黙らせられるような人達だけが留まれる場所ですから」
訳知り顔をするリオノーラさんから、やはりここに来るのは初めてじゃないみたいだ。
外見だけで言えば深窓のお嬢様って感じなんだけど、リオノーラさんの本質を知っている俺としてはむしろ納得しかない。
「リオノーラさんはここに来るのは初めてじゃないんですね」
「はい。三年ほど前はここにいましたから」
「へえ。じゃあなんでこの街を去ったのよ」
「ここに私が求めるものがないのだと気づいたからです。ちなみにもう見つけていますよ」
「ッ!ちょっと、引っ付かないでよ!」
リオノーラさんはクローディアさんに頬を寄せ満足そうな笑みを見せる。そんなリオノーラさんを引きはがそうとするクローディアさんは、どこに地雷原があるのか分かったもんじゃないわね!と吐き捨てた。
「仲のよさそうな嬢ちゃんたち、俺達も混ぜてくれないか」
「そうそう、そんな片腕の男なんかよりも俺たちの方が役に立つぜ」
図体のでかい男と、のっぽな男がクローディアさん達に声を掛ける。
主人公が冒険者になった時に最初に訪れるイベントといえば、みたいな展開だ。こういう時は頼りになる兄貴分の冒険者が現れると相場が決まっているはずだけど。
「なに、アンタたち。アンタたちみたいのはお呼びじゃないのよ」
「はあ!?調子乗ってんじゃねえぞ、クソアマが!ラブドールとしていて込まされてぇのかよ!」
「待てよ!生意気訊いたやつの横にいるの、鮮血姫じゃねえか!?」
「はあ?そんなわけ……」
思っていた以上に汚い発言をする男たち二人はやんごとなきご令嬢みたいなリオノーラさんの顔を見て顔を青くする。そしてそのまま、な、何でもありません!と三下ムーブかましながら去っていった。
もうすでに頼もしい冒険者は傍にいるんだったか……。
「なっっさけないやつらねぇ」
「……?」
まあこのメンツでそんな冒険の開幕に起こるようなイベントが発生するわけがないよな。
呆れた様子のクローディアさんと首を傾げるリオノーラさんが頼もしく見えた。
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