第 L 話 私達は"パーティ"なんだから
この物語は、ただの創成物語である。
岩肌が露出する山岳地帯──アッシュ山脈。
中央連邦の南部に連なるこの山脈は、王国から連邦の首都へと向かう人々を阻む最大の難所となっている。
種族間戦争時代も自然の要塞として此処は王国の侵攻を何度か防いでおり、大規模に攻め入るにはこの山脈を回り込んで行かなければならない。
現在もそれは同じだ、行商の人間は回り込むことを余儀なく選択することになり、物流は今も大きなタイムロスを強いられている。
……だが、近道は存在する。それは種族間戦争時に使われていた連邦の抜け道──山脈を縦断するように開拓された質素な道は、戦争の終幕に従って一度連邦による整備が行われ、現在は一般の街道として解放されている。……しかし、元々は険しい山脈を無理やり馬が通れる程度にしていた抜け道──その性質は整備された今でも大きくは変わっておらず、結局行商用の馬車が通るには厳しい道のりであり、通行する人は今なお少ない。
その所為で、現在は周辺環境が荒れており魔物が出ることも少なくない状況だ。
だが、急ぎを要する今回においては背に腹はかえられない。寄り道で時間を食ってしまった以上、少しでも彼女の要望を叶えるべく、ここは近道をするべきだろう。
そして我々は今、その道中で魔物の襲撃に遭っている最中である。
「岩儡か……少し大きいな」
■ ■ ■
基本的に魔物は既存の生物に邪素が宿った結果生まれる存在ではあるが、例外として邪素の汚染が強い場所では無機物が魔物化する場合がある。そしてその一例がこのゴムレスという魔物だ。
ゴムレス──通称『岩儡』。岩に邪素が宿った魔物である。身体の組織が全て岩で構成されており、欠損すれば周囲の岩を利用して修復する為、岩山や洞窟などで発生・活動しやすい。大きさは最小で人の子供くらい、大きくなれば城壁を超える程と疎らではあるが、大体人よりも一回り大きいことが多い。
無機物を素体とした魔物の特徴として、基本的に身体の中心部にコアのようなものを形成する事が挙げれる。邪素の塊であるこれを『カルディア』といい、我々でいう心臓──この系統の魔物における最大の弱点だ。ここを破壊しなければ再生を繰り返し、際限なく襲ってくる為、を狙うのは岩儡等の魔物を倒す上でのセオリーだ。無論、我々もそれを狙う。それが最も効率的で効果的な手段であるからだ。
どうやらこの辺は邪素の汚染が進んでしまっているようで、通常の個体よりも数段大きい。普段、人の往来が少ないのも、数を増やしてしまっている原因だろう。
岩儡の攻撃は単調な殴る、蹴る。知性があまり良くないだけに大した攻撃はしてこない。個体数は完全に相手の方が有利なのに、連携なども一切なく、その拳ですら大振りで避けやすい。
まあ、岩儡自体そもそも危険度が高くない魔物だ。討伐方法が確立されており、大きさによっては素人でも容易に倒せる。
この個体達は平均より少し大きいが、しかしただそれだけだ。ガタイがデカくなろうが動きが単調なことに変わりはないし、弱点も同じだ。
結局、我々の相手ではない。
その中で一際目立っているのは……
「リリス、そう気張らなくてもいいぞ。このくらい私達でも対処出来る」
「いや、私がやる」
彼女にはいつも以上に気合いというか、気迫が漂っていた。
しかし……どうも、手前に……出過ぎている。
目的地への急ぎからなのか、彼女の心境が動きに表れている。さっさと倒して先に進みたいという"焦り"。
まあ、楽で助かると言えば助かるのだが──しかし、不安だ。こういう"焦り"の時は、足を滑らし易くなる。
もっと、私達を頼っても構わないのだが……。こちらが作戦提示をしなければ、彼女は率先して倒しにかかろうとする。今日はいつも以上に、どこか必死だ。
こういう時は、何かと足を滑らせ易い。いつもなら見えている何かを見落としたり、パフォーマンスが著しく落ちたりと、経験上あまり良くない傾向だ。今は何とも無いが……心配だ。
この心配が的中しないことを祈るばかりだが……。
そう、心で思っていたその時である。
「な、何ですかね、こ、この揺れ……」
真っ先に気付いたのはフォルテだった。
長い間、周りの環境を気にして生きてきた彼は、周囲の微細な変化に気付きやすいと最近知ってきた。
その言葉に、意識を地面にやる。
確かに、僅かだが、足元の小石が動いている。
それが止まることなく続いており、次に起きる何かを予想させる。
そして──
ズドン!
「な、何!」
大きな衝撃が地面から突き上げてきた。
足元が揺れている──いや、動いている。
勿論、自然現象などでは決してない。
「皆、此処から離れろ!」
その言葉と同じくして地面から剥がれていくように、土を零しながら、それが隆起していく。急いで逃げる我々を待たず、ゆっくりと起き上がり、そして見下ろすように姿を見せたのだった。
「何だ……コイツは!」
それは正しく"岩盤の要塞"であった。
■ ■ ■
空が岩壁で覆われた。影が地面を這い、辺りの日光を遮断する。
見上げる首が痛い。
「一体、どれ程の大きさがあるのだろう」「一体、どれ程の重量があるのだろう」、最初に頭に思い浮かんだのは、そんな気の抜けた感想だった。恐怖よりも圧巻が勝っていたのだ。
恐らく、コイツは突然変異個体だろう。
ナルガの突然変異が蛇の王であるように、岩儡の突然変異がコイツなのだろう。
にしても、大き過ぎる。これに対して勝つビジョンが見えない。弱点は同じだろうが、かと言って他と同じように対処できるか不安だ。
「私がやる」
「おい、ちょっと待て!」
私の静止を振り切り、リリスが先陣を切って突っ込んでいく。ああなれば、私達には追いつくことが出来ない。仕方がないので、私達は援護に徹することにした。
だが、一体、これにどう立ち向かえと言うのだろう。到底、リリスが勝てるとは思えない。いや、事実として敵うわけがないのだ。
当然、向かってくるリリスに対して拳が振り下ろされる。緩慢ではあるが、あの巨体の拳が降ってくる。あの拳ひとつで、先程まで相手してきた岩儡数体分はあるだろう。最早、あれは"隕石"だ。
だが、そんな隕石もリリスを捉えることは出来なかった。まあ、緩慢な動きでは、ちょこまかと動くリリスなんて捕まえられない。
身体に飛び乗り、奴の巨体を縦横無尽に駆け上がっていく。目指すは、勿論心臓。
岩から岩へと飛び移り、
罅が入り、身体が崩れる……だが、肝心の心臓までは届かない。
予想できたことだ。彼女の殴りなど、通用する筈もない。奴にとっては薄皮を一枚削られたくらいのものだろう。
だが、それでもリリスは突っ込んでいく。
再度、奴の巨体にしがみつき、また奴の心臓に向かって進んでいく。
勿論、再び同じことを許すほど、奴もそこまで寛容では無い。自身の心臓を狙う彼女を奴は振り払った。あの巨体の遠心力だ。そんじょそこらの大男から振り落とされる非ではない。彼女の馬鹿力を以てしても、まるで埃のように吹き飛ばされる。
受け身には成功するも、地面に叩きつけられダメージは避けられない。そして距離も取られた。接近戦を主とする彼女にとっては痛手だ。
すると、奴は自身の指を地面に突っ込んだ。
何だ……一体、何をする気だ。
勢いよく、その腕を下から上に振り上げ──そして、巻き上げられた岩が、飛んでくる。
「──!?」
石礫とか、そういったちゃちなものじゃあない。
それは岩の雨だ。空から岩が降ってくる異常気象のようだ。
石礫は人間の古の戦闘方法である。頭に当たれば致命傷であり、失明や脳疾患、最悪の場合は死に至る可能性のある、火力のある攻撃だ。──それが岩になればどうなるか、説明するまでもない。
単純だが、効果的。
岩儡のこんな遠距離攻撃など聞いたこともない。基本物理攻撃であり、脅威はその巨体と再生能力としか私は知らない。それは、皆もそうだろう。
これは最早、知性の持った獣の行動だ。そんな知能が、超巨体とは言え岩儡にある訳が無い。
咄嗟にベルとフォルテは魔法を展開する。だが、パーティ全員を守る程の広範囲にするには時間が足りない。ただでさえ破壊力が高く、即席の魔法で防ぎきれるかも怪しい。せめて確実に自分を守れるよう、それに注ぎ込むのは当然のことだ。
だが……、
「リリス! 危ない!!」
私達には魔法があるが、リリスにはそれを防ぐ術がない。反射神経だの、運動神経だの、そんなもので避けられるものではない。雨を人間が避けられるだろうか。無論、否である。
リリスもそれを分かっていたのだろう。立ち竦んでいた。これは避けられないと、受け入れてしまっていたのだ。
私はリリスの前に飛び出し、彼女を庇った。
そして魔法で氷を形成し、岩の雨を防ぐが……駄目だ、付け焼き刃で作った壁は薄過ぎる。
ガキンガキンと音を立てて私の作り上げた防壁を削り取っていく。その傍から新たな壁を作り上げても間に合わない。突破した破片が頬を、腿を、腕を掠め、無数の傷を生み出していく。
大きな岩石は優先的に対処している為、何とか軽症で保てているが、それも時間の問題だろう。
そして──
「アベル!」
「ぐッ……!?」
私の右脚を大きな礫が直撃した。
ゴキッという音が辺りに響いたかのように激痛が全身を迸り、自重を保てなくなった私は思わず膝をつく。
だが、魔法を止めてはいけない。
ここで屈してしまえば、もっと酷いことになる。
私は唇を噛み締め、ぐっと堪えて我々を死守した。
雨が降り止み、辺りは飛ばされた岩石とその影響で空いた凸凹で景色が一変している。
攻撃が止まったのを確認すると魔法を解き、私はその場に倒れ込んだ。喉の奥から唸り声が漏れ、私はどうしようもない痛みの行き場を探していた。服は血液で赤黒く染まっており、中がどうなっているか想像もしたくない。
嫌な汗がダラダラと零れてくる。
私を心配してリリスが傍に寄ってきた。
幸いにも私が壁となって、リリスにはあまり大きな被害は無かったようだ。だが、一方のベルとフォルテは私と同じく、全ての礫を防ぎきれず、地に膝をついていた。「あのベルが!?」と思ったが、どうやら馬車を守ることに注力していたらしく、寧ろ膝をつく程度で済んだのがまだマシな部類だろう。お陰で馬車がほぼ無傷だ。
横で呼吸を荒らげるリリスを尻目に状況確認をした私は、気を鎮めるよう彼女に言葉をかける。
「リリス、焦るな、落ち着け……」
「私の所為」だとでも思っているのだろうか。この状況での戦闘続行はより被害を拡大させるだけだろう。
「退避だ……」
「……えっ」
「退避する、一旦立て直す! 私が魔法で霧を作り出したら、急いで馬車に駆け込め!」
しかし、私の提案にリリスは不服を感じているようで反論する。
「でも、急がないと……!」
「状況を見ろ! 君1人で勝てるような相手じゃあない!」
リリスが辺りを見回す。荒れた街道、傷付いている味方、そして立ちはだかる敵──どう考えても、こちらの分が悪いのは明らかだ。
確認を取るまでもない。彼女の顔を見てそう思い、私は魔法を発動した。
第3級氷属性魔法──
形成した魔法は、霧を形成し、辺りを包み込んでいく。あっという間に真っ白に染まった周囲は方向感覚すら狂わせる。
だが、行く場所は分かってる。そこを目指して、後は戦線離脱するだけだ。
「リリス、済まないが、肩を貸してくれ」
肩を借り、方向音痴のリリスを指示しながら馬車に乗り込む。先に戻っていたフォルテとベルが
ふと、後ろを振り返る。私の魔法が薄まって、少しずつ霧が晴れていき、奴の姿が見えてくる。巨大な体躯を佇ませ、全てを見下しそこに存在する。人間を見つけるや否や、その邪素の邪悪性に従って問答無用で襲う魔物の一体──。
しかし何故か、奴は追いかけて来なかった。
お陰で私達はあの岩儡から逃げ果せることに成功した。
■ ■ ■
「一体、どうしたの、リリス」
フォルテの怪我を治療しながら、ベルはそう尋ねる。
あれから、奴の見えなくなるところまで撤退した私達は、岩陰でその傷を癒していたのである。
「リリス、貴方が急いでいるのは分かる。私達だって、それを汲んで此の道を選んで此処まで来てる」
「……」
何も言わないリリスに溜め息をつきながら、ベルは続ける。いつもはリリスを甘やかしているベルも流石の彼女の行いに、少しお灸を据える必要があると思ったのだろう。
「確かに貴方は強い。こと肉弾戦においてはアニキ達を含めても貴方が一番強いかもしれない」
「……でも、今の貴方は協調性に欠ける。私達は可能な限り貴方をフォローするけど、これじゃあ、何時まで経っても私達は強くなれない」
「……」
「弱いままよ」
「……!?」
彼女は敢えてその言葉を選んだのだろう。
リリスのコンプレックス──地雷の言葉。
「貴方は弱い」
父親から弱肉強食をその身を以て学んできた彼女にとって、自身の弱さはその尊敬する父の名を汚すことに繋がる。
彼女は強くなりたい、強くなくてはならない。
だが、今の彼女は未熟だ。彼女よりも弱い私にでも分かる。まだまだ、彼女は経験も力も足りない。
そして、それを乗り越えるには経験、鍛錬──そして。
"自身の弱さを知ること"──それが必要だ。
「でも、このままじゃ……」
一瞬何かを言おうとして口を噤ませるリリス。
私はその内容を少しだけ知っている。その内容を今ここで他の皆にも伝える事は容易だ。だが、それは彼女の意にそぐわない。
私は何も言えなかった。言わなかった。
フォルテも彼女のことは詳しくは知らない。この気まずい空気にただただ黙り込むだけである。
すると、続いてベルが彼女にこう告げる。
「私は何も聞かない、それが貴方の意思なら、流されるままの私はその意思に従う。でもね……」
彼女の肩を手をやり、そして──
「紛いなりにも、私達は仲間なんでしょ」
「……!?」
「私達は"パーティ"なんだから、私達を頼って」
私が彼女に言った言葉を思い出す。「私は君も家族だと思っているつもりだ」──その言葉を彼女も思い浮かべているだろうか。
なら、私も言葉を掛けてやるべきだろう。
「ベルの言う通りだ。私達は君の為に此処までやってきて、こうやって生命張って戦っているんだ。今更頼っても、何も文句言わないさ」
まずは私達の意志を彼女に伝える。
「今、ハッキリ言っておこう。君はまだまだ未熟だ。君1人の力なら、あの岩儡には勝てない」
次に、彼女に自分の弱さを改めて自覚させる。
「けど、私達が力を合わせれば」
そして、次に彼女がどうすればいいかを提示する。まるで罠に嵌める狩人の様だが、此処は道を示さなければ、彼女は自分の思考に囚われたままずっと独りのままだろう。
個で勝てないなら、皆で勝てばいい。独りで強くなるにも限度がある、ならパーティで一緒に強くなればいい。
「分かった……力、貸して。私も、一緒に戦う」
手を伸ばし、それをリリスが掴む。
ようやく、私達はひとつになれそうだ。
──その時だった。
「ぐっ、ううッ……!」
強烈な頭痛が感覚を支配する。いつもの頭痛──人格が目覚めた時よりはマシだが、それでも正気を保ってられる程のものではない、激しい頭痛だ。
(一度、此方二来給エ。話ガ有ル)
此の声は……ノアか……。
あの白龍が、一体何を伝えたいというのか。分からないが、まあ、今は彼の声に従うのが吉だろう。私にとって利点になるのは確かだ。
酷い頭痛に苛まれながら、私は意識を失った。
周りの気遣いに、少し申し訳なく思いながら。




