第 LⅠ話 巨岩を穿つ極雷砲
この物語は、ただの創成物語である。
そこは青暗い精神の空間──私の意識で形成された精神世界。
見慣れた11の牢獄と、その前に鎮座する2人と1体の影に私は此処が何処なのか、改めて認識することとなる。
さて、直々の呼び出しである。有用な話題を提供して貰わなければ、こちらも意識の失い損である。
巨大な1体の白龍に、私は見上げながら前置きもせずに話を始めた。
「で、何なんだノア、 話って?」
「ソウダナ……動キヲ鑑ミル二、恐ラクカノ岩儡ハ成長シ過ギテイルト見エル」
「自重デ其ノ場カラ動ケズ二イルノダ。姿カラ見ルニ、腕ト足ガ他ヨリ異常発達シテオル。現二奴ハ腕ヲ常二垂レ下ゲル様二構エテオリ、攻撃スル時ノミ肩ヨリ下ノ位置デシカ振リ回サヌ」
確かに、奴はリリスを振り払う時でさえ、腕も脚をほぼ動かしていなかった。身体を捻じる様に動かし、可能な限り手足を使わない様に動いていた。あの礫の攻撃の敵もそうだ。
片腕だけを動かし、最低限の動きで攻撃していた。
ノア曰く、魔物の成長具合は非常に歪だという。いや、どちらかと言うと成長というより「進化」と表現する方が正しいだろう。確かにこの岩儡のように、腕と脚だけが異常発達することは稀ではなく、ノアはそれを「邪素ノ影響ダ」と予想していた。邪素の毒によって身体の細胞が変異し、進化を強制させる。それによって完成した化け物の一体が奴だと言うことだ。
「"距離を取る"──まあ、至極当たり前だが、動けない敵にとってはより効果的だろうな」
「然シ、ソウナレバ問題ハ奴ノ岩ノ礫ダ。其レヲ何トカゼネバ……」
そう、それが問題だ。たった一振りで、我々を壊滅寸前へと追いやった死の雨──あれの対応策を考えないとまた一瞬で逆境に立たされてしまうのは想像に容易い。
なら、チクチクとダメージを重ね、持久戦に持ち込むのも一手──と、思われるだろうがそれも叶わない。
「とは言え、チンタラやってはられねェだろ。岩儡の持ち味は『周囲の岩から自分の身体を再生する』ッつう話だろ」
「嗚呼、その通りだ」
そう、奴らには再生能力がある。そこらの岩を素体として生まれている魔物──それは即ち、岩場なら辺りに回復アイテムが転がっているようなものだ。それを繋ぎ合わせるだけで容易に再生出来る、言わばこの岩ばかりの山道は奴の独壇場。
私の氷属性魔法による氷の投擲だけでは破壊力に欠ける上に、直ぐ再生してしまう。
「つまり、野郎の討伐方法は──」
「遠距離攻撃にて、一撃で仕留める」
言うのは簡単──だが、それが一番難しい。しかしやってのけなくては、奴を斃して先には進めない。
「で、どうすんだ、アベル。またお前の『第1級氷属性魔法』で片をつけんのか?」
そう私に聞いてくるカイムに対して、私はどうしても唸ってしまう。
「……いや、確かに私の『冥ノ懸氷』はこのパーティの中でも、2番目に規模の大きな技だろう……でも、素体が非生物である奴にはあまり効果的じゃあない。攻撃が当たったところで、奴の心臓を破壊できるほどの威力は期待できない」
私の"冥ノ懸氷"は凍らせることに特化した魔法だ。もっとも、魔物自体が生物かどうか問われれば微妙なところではあるが。
「いや、けどよォ、態々"冥ノ懸氷"でなくてもいいんじゃあねェのか? あの時は相手が生物だったからあの方法にしたがよォ……」
「まあ、どの道、氷属性魔法で完全冷凍させたところでの話だ。それで奴の生命活動が止まる訳じゃあない」
そう、奴はあくまで非生物、カルディアという心臓のみで全身を動かす生き物擬き。
生物のような体温が必要な訳ではない。凍らせたところで動けなくするだけで、『斃す』ことにはならない。
万事休す、お手上げ状態──だが、
「──でも、あるんだろ。奴を斃せる手段が」
セトは分かっていた。
一見、手詰まり──だが、それは私が独りで奴を討伐する時の話である。
リリスに言った筈だ。私達はパーティなのだから。
策なら、ある。
「嗚呼、勿論」
自信に満ち溢れた返事を彼等に返し、3人を安心させる。彼等のお陰で頭の中の整理がつき、より勝利へのビジョンが道筋としてハッキリ見えてくるようになる。
「じゃあ、行ってこい!」
背中をカイムに叩かれ、私は現実世界へと意識を移動させる。
光が満ち、辺りの景色が視界として明らかになっていく。
そこには覗き込む3人の姿──陽は既に落ちている様子だった。
曖昧となった意識を目覚めさせるように頭を震わせ、何度も瞬きをして意識をより鮮明にさせる。
「大丈夫?」
そうリリスが尋ねるも、私は食い入るように、彼女達に話を始めた。
「皆、話がある」
■ ■ ■
日没から既にどれくらい経っただろうか。だがしかし、今は同じ1日の中の出来事であることは確かだ。リベンジマッチは早々に計画された。
リリスの希望もあって決行は夜だが、私の所為で時間を食ってしまったのは事実だ。寄り道も相まって、彼女に時間が許されていない以上、此処は人肌脱いでやろうじゃあないか。
幸い、休息は取れている。脚は本調子では無いが、傷は幾分かマシだ。
「行くぞ、作戦開始だ!」
「「「了解!」」」
私の掛け声と共に全員が行動を開始する。
リリスはベルに補助魔法を掛けてもらうと、真っ先に標的の懐に飛び込んでいく。
だが、今回は昼間のような愚策ではない。今は共に戦っている。
奴の足元は安置だ。余っ程な事がない限り奴に彼女は捕まらない。彼女はまずそこで待機する。
私はベルとフォルテとは距離を取り、魔法を唱える。視線誘導として移動中も氷属性魔法による氷塊をぶつけてちょっかいをかける。
ある程度離れると、魔法を形成し始める。
第2級氷属性魔法
私の第1級氷属性魔法は未だ未完成にある。
氷属性魔法の第1級の免許取得条件は"対象物の完全冷凍"──それがどんな物質になっても同じように、かつ指定した範囲で凍結できることが求められる。
私は基本的に空気や水といった構造が簡単な物を凍らせるのは得意だが、絡繰や生物といった構造が複雑なものは凍結するのが苦手な傾向にある。
よって、私の氷属性魔法は基本的に空気や水を凍らせて、形成した氷を投げつける形式をとっている。
今回の相手は岩儡──全身が岩で出来ている魔物。
そう、奴は私が得意とする"体構造が簡易な相手"である。
だが、近づくことは難しい。態々相手の懐に飛び込んで血中のマナを浴びせるなど、手間で仕方がない。
だから、今回の私の先方はその血を"運ぶ"。氷の塊にマナを帯びさせ、着弾した際に魔法を発動する二段構え──
肩に命中した氷塊は心地良い音を奏で、粉々に砕け散る。一方の岩儡の肩も一部剥ぎ取れるが、致命傷にはならない。
だが、時間差で魔法が発生する。
第1級氷属性魔法
命令に従って、魔法は巨岩の隅々まで氷を張り巡らせていき──そして、あっという間に奴の右上腕部を凍らせる結果となった。
相手の大きさからすれば、今の私には上出来だろう。完全に扱える者なら、最低でも腕一本は凍らせているだろうが──それは後で反省しておこう。幸い、距離がある為にこちらに被害はないし、あくまで目的は達成している。
私の魔法が発動したのを確認すると、岩儡の足元にいたリリスが始動する。
予めベルによって付与されていた筋力増強の魔法によって彼女の殴りは、より高次元へと発展する。
物質は凍らせると基本的に体積が減少する。物質中の分子と分子の繋がりが強くなるからだ。しかし、それに反して1つだけ、凍らせると体積が増加する物質が存在する──それが"水"である。
水は基本的にありふれた物質。様々な物質中に存在し、我々生物の中にも、この周囲の空気中にも、そしてあの岩儡を形成する岩の中にも──見に見えないところに存在している。
そのありふれた水が物質内で凍ると、膨張によって圧力がかかる。すると罅が入り、逆に脆くなることがあるのだ。
これを"凍結破砕"という。
リリスの殴りはその巨岩を打ち破った。
大きな音を立て、ボロボロと崩れ落ちていく岩儡の右腕。
片腕を失いバランスを崩した本体も、同じように倒れていき、聳え立つ要塞も横たわる擁壁程度にはその高さを変化させた。
さて、問題はここからである。
あくまで私とリリスのこの役割はお膳立て、時間稼ぎと対象に対する照準の固定化だ。
今回の鍵は──
「後は頼んだぞ……ベル」
■ ■ ■
さて、現在の私達のパーティにおいて最大の攻撃火力は私の第1級氷属性魔法"冥ノ懸氷"でもリリスの魔法補助有りによる打撃でも無い。
他でもないベルの魔法、第1級雷属性魔法"雷磁操"である。
そんな魔法があるのなら、あのタナンタの時に使えばよかったと思うだろうが、あれは場所が悪かった。何故なら破壊力があり過ぎるからだ。使えば天井が崩れ、私達は大岩の下敷きになっていただろう。
現在の状況はそうではない。
彼女のオリジナルの魔法が第1級の扱いを受けているその理由──それが今に分かるだろう。
彼女は筒状に組んだ手の中に金属片を入れ、相手に照準を合わせる。この魔法の真の威力を発揮するには少しの間、所謂魔法の『溜め』が必要であり、その間は大きな動作が出来ない。
それに対し、周囲の岩肌を自身に纏い、身体を再生しようとする岩儡。私達の破壊工作によって、再生に時間が掛かっている。そのお陰もあって動きが少ない。狙いを付けやすくなっているのは好都合だ。
彼女の周囲には魔法によって発生した電撃がバチバチという音を鳴らしながら立ち上っており、仄白く発光する。離れて見ている私の肌にも静電気のようなマナの流れが感じ取れる程であった。それはつまり周囲に影響を与える程、彼女の魔法の規模が大きいことを表している。
フォルテの役割は彼女の護衛とカモフラージュだ。夜間である今において、雷属性魔法による発光は格好の的になりかねない。動けない彼女にあの岩の礫が襲っては、一溜りもないだろう。
準備が整い、彼女を覆っていた土の壁を取り払うフォルテ。
ベルの指示に従い、彼女から少し距離を取る。
中途半端にも身体を再生し、バランスを保った岩儡は異質な周囲の様子を感じ取り、その根源に向けて岩の礫の準備を行う。
だが、それよりも彼女の魔法が先に完了する。
準備が整った彼女はそれを心の中で唱え、相手に向かって勢いよく放つ。
第1級雷属性魔法──"雷磁操『極雷砲』"
彼女魔法の真骨頂──それは、
"電磁石による反発の力を利用した物質の射出"
彼女の言葉を利用するなら"電磁砲"。
電磁石が持つ陰極と陽極の反発を最大限利用した超速度の物質の射出。放たれた物質は音速を超え、小さな金属片でも巨岩を穿つ程の絶大な破壊力を発揮する。
理論上は魔法の威力を上げれば全ての物質でも射出可能ではあるが、彼女曰く「非金属は使うマナ量が多くて効率が悪い」とのことであり、比較的雷属性魔法の効果を受けやすい金属片を利用するのがこの魔法の特徴だ。
最早『兵器』とも呼べる程のこの魔法は使うだけで地形すら変えてしまう極大のエネルギーを放出する。故に国が定めたこの魔法の階級は暫定で第1級──噂によれば更に上の階級も有り得るとの話も聞いたことがある。
手の筒を道筋とし、そこから放たれるそれは轟音と光を纏い、熱を帯びながら彼女の元を離れると、標的の心臓部に向かって一直線に進んでいく。
岩石など壁にならない。
再生など意味を成さない。
穿ち、壊れ、崩れ、ただの瓦礫と化すのみ。
標的の中心部には、魔法によって開けられた巨大な穴が空いていた。
動力源を失った岩儡は形を保てず、どんどん音を立てながら岩の山へと姿を変えていく。
斯くして、私達は突然変異した岩儡の討伐に成功したのである。
■ ■ ■
斃した岩儡の心臓を一定数回収しつつ、私達は出発の準備を進めていた。
昼間に斃した個体は然程でもないが、今斃した個体はその心臓も別格な程大き過ぎる。持ち上げれる物ですらない。
これは全てを持っていくのは不可能だ。斃した個体の大きさが分かる程度の量を確保して後は置いていくしかあるまい。
「み、みんなっ!」
リリスが全員を呼び止める。珍しい、彼女が依頼のことで言葉を挟むことはあっても、それ以外で呼び止めるのは、何故助けたか尋ねてときくらいだろうか。
「私の為……その……」
恥ずかしがるリリス……、言わんとしてる言葉など想像出来るが、此処は彼女を待とう。彼女も其れを望んでいる筈だ。
少しの間が空き、小さな声でそれは紡がれた。
「ありがとう」
感謝──何気ない台詞、何の変哲もない気持ちの伝え方。だがその言葉で、ようやく私達は1つのパーティになれた気がした。
「何を今更……」
「まだ、終わってないよ。その言葉は最後に取っておいて」
「僕は、し、指示に従っただけです……」
それぞれがそれぞれの言葉を告げる。この言葉により恥じらいを覚えたのか顔を背け、その場で蹲る。
「さて、急ぐぞ」
私達は馬車に乗り込み、旅路を進める。
夜はまだまだ明けないだろう。




