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改稿案

現行連載作の冒頭改稿案です。ひとに意見を聞くために公開しています。後日削除する予定です。

 その言葉を聞いた瞬間、梨太(りた)は絵筆を取り落とした。



「鮫島くん、おっぱいがあるってよ」



放課後の教室。二週間後に迫る、体育祭の準備をしていたところである。

発言は、ともにパネルを作成していたクラスメイトだった。

なぜか得意げな彼に向け、梨太は呆れ顔で答える。


「はあ? なにそれ」

「噂だよ、噂。部活の先輩が同じクラスなんだ。ほら、今度の体育祭。リレーの選抜で三年生全員の測定データ調べたら、鮫島くんってむちゃくちゃスゲーんだって」

 

 床に落とした絵筆を拾いながら、おぼろげな記憶をたどってみる。

 

鮫島くん――今年の六月に転校してきた三年生。


転校初日、校内放送で紹介されたので、なんとなく外見だけ知っている。


「……僕、三年生と付き合いないし、思い出せないんだけど……なんか、不良っぽいひとだったような。真面目に体育受けるんだね」

「それどころじゃない、超高校級。下手すりゃ日本記録」

「へえ、そりゃあ弱小陸上部としてはほっとけないよな」

「部員四人の数学パズル部員に言われたくねーよっ」

「そうだねごめん」

 梨太は即座に謝った。


 梨太の飄々(ひょうひょう)とした会話ペースにコケかけて、友人は体勢を直し、


「そう、確かにうちは弱小だよ。だから先輩も即戦力スカウトに乗り気になって、そこからずっと追いかけまわしてたんだと。コワいのこらえて朝から晩までストーキングしてさ」

「……で?」

「結果は惨敗、取りつく島なし。体育祭のリレーも辞退。それでおしまい。まあよくがんばりましたってとこだな」

「じゃなくて。最初の。その、鮫島くんに……」


梨太は一応、言葉を濁す。

ここは男子校、飢えた獣たちの巣窟だ。こういった単語は聞かれたが最後、羽虫のごとく集ってくる。

 察して、友人も声を潜めた。


「だから、その先輩が見たんだって。着替えのとき――鮫島くんの胸が膨らんでんの」

「……んなわけないでしょ。コメディ漫画じゃあるまいし、転入するのに書類も要るし。つか嘘ついて男子校に来る理由もないし。それに彼、まるきり男だったはずだよ。けっこうガタイもよかったような」

「でも、なんかスポーツブラみたいなのつけてたって、先輩が」

「タンクトップかなんかの見間違いじゃない? もしくはただの変態か」

「でも――」

「柴田、飢えすぎ。おっぱい求めすぎ。まあ文化祭と違って他校生が遊びには来ないだろうけど、誰かの姉妹が来るかもしれないよ。二週間後だ、そこに期待しようじゃないか」

「できませんもう待てません。俺の右手が今宵も疼く。摩擦熱で指紋なくなっちまうっての。ああ、彼女ほしいなあ」


絵の具をばらまき、わめく友人。


後ろを振り向けば、ほかの生徒らもみな、仕事への意欲をなくしていた。

 掃除道具で野球まで始まっている。

十六歳、男子の日常である。


 梨太は彼らから視線をはずし、そこから遠くへと続く窓に顔を向けた。

 秋の五時、夕日が教室に差し込み、梨太の顔を赤く染める。

 まぶしさに目を細めて――梨太はようやく、『彼』の顔を思い出した。


 そして、無言で首を振った。




 天高く馬肥える秋。青天を歓声が突き抜ける。


「赤の大将、早い! 強いっ! 強すぎるっ!」


 放送部の実況にも力が入る。熱量だけで何ら解説になっていないのも仕方があるまい。

 私立霞ヶ丘高校の体育祭は、創立六十四年以来一番の盛り上がりを見せていた。


 体育祭のクラス対抗戦の花形、三年生による騎馬戦である。


 三年生、全員参加。六組まであるのをそれぞれ二チームに分け、計十二隊。


白い運動着を着た男子のなかに、漆黒の学ラン姿が大将だ。


「最終決戦! 十二将、全員、前へ!」

 放送とともに、太鼓がドンと鳴らされる。

 十二の騎が円陣になった。


全員が同じ衣裳である。

しかし特別、目を引く少年が一人いた。


同級生たちの平均よりも頭半分抜けた長身。

 待機中、敵兵を広く見渡す切れ長の双眸。

 顔立ちは遠目に見ても端正である。


 放送部員が、十二人の名を呼んでいく。


「――四組、赤! 鮫島!」


 彼は、おざなりに腕だけ上げて見せた。


 そして戦いが始まった。


開始の合図と同時に駆け出す、鮫島。

敵騎に近づいたと思った瞬間、鮫島の手にはもう、ハチマキが握られている。


 手が長い。そして視認できないほどに速いのだ。


 鮫島の駒は、大将決戦でなお、圧倒的に強かった。

霞ヶ丘高校男子八百人は、その勇姿に喝采を送っていた。


「つ、つよすぎる」

「すげー。かっけぇー……」

二年生の待機場で、クラスメイトが呆けて拍手。

 梨太ももちろん、そうした群衆のひとりであった。

 生来、体育会系ノリが好きではなくとも血が騒ぐ。

 それだけ、鮫島の戦いは見物であった。


「おい栗林(くりばやし)、鮫島くん、すっげえな」

 となりの同級生に小突かれて、梨太は素直にうなずいた。

「うん。すごいね」

「あれでお前とイッコしか変わらないんだよな。いや、同じ性別だとすら思えんぞ」

「……女顔のチビで悪かったな」 

 一応すごんで見せたものの、同級生はへらへらと笑うだけである。

 こういうからかわれ方は、梨太にとって日常茶飯事だ。いちいち怒っていても仕方あるまい。


 栗林梨太は、注目の人物とはおよそ真逆のような少年だった。

 十六歳にしてはかなりの小柄。学年でいちばん背が低い。

 色素が薄くクセの強い栗色の髪、丸い頬に、琥珀色のつぶらな瞳。ぬいぐるみじみた愛らしさがそこにある。

それでも、少し上を向いた小さな鼻ととがらせた丸い唇に、どこか気の強さを感じさせた。


霞ヶ丘男子高に、ひとりだけ女子がいる――もし、そんな噂がひろまったとしたら、全員が栗林梨太を疑っただろう。

だが――

梨太はじっと、その視線を鮫島の体に合わせていた。



 大将決戦はあっという間に終了した。

鮫島の手には、十一本のハチマキが握られ、たなびいている。

 いくら鮫島の身体能力が優れていたとて、これは異様な強さである。二年生の観客席からではわからない、対峙したものだけが感じる脅威なのだろうか。


「人間の強さじゃねーだろあれ」

「きっとサイボーグだよ。戦闘用アンドロイド。右手には機関銃が仕込まれてるに違いない」

 クラスメイトの冗談も、真実味を帯びてしまうほどだ。


「優勝、四組、赤!」


勝鬨を上げ、凱旋していく三年生たち。

退場門をくぐると、大将らは一斉に学ランを脱ぎ捨てた。

その下はみな裸、もしくは下着一枚である。

残暑も厳しい体育の日だった。

手ウチワで自らを仰ぎつつ、彼らはみな、鮫島のほうへ駆け寄った。


「お疲れっ。転校生すっげーな、手も足もでなかったよ」

「なんのスポーツやってたんだ?」

 競技が終わってしまえば、彼らはもちろんただの男子高校生である。

 称えにやってきた敵将らに、しかし鮫島は見向きもしなかった。

手のひらで同級生らを押しのけて、どこかへ歩き出していく。


「あ……あれ? 鮫島くん、どうしたんだよ」

「おーい?」


 同級生の声も無視。

 彼はそのまま、まっすぐにグラウンドを突っ切っていく。 

 どこへいくつもりだろうか。

足首まである学ランを揺らし、早足でどんどん歩いていく、彼の姿を目でおって――

「……学ラン、なんで脱がないのかな……」

 梨太は小さくつぶやいた。


 鮫島の進路は、どうやら裏門に行きつくらしかった。校庭から公道へ、直接出れる出入り口である。付近は観客でごったがえし、鮫島の姿が消えていく。

 梨太は友人へと振り向いた。

「溝口、プログラム持ってる? 僕らの出番、しばらくないよね」

「え? お、おう。うん。一年のダンスと応援合戦、先生のリレー……で、小一時間は」

「オッケー。じゃ、ちょっと行ってくる」

「へっ?」

 友人の素っ頓狂な声に構わず、梨太は立ち上がった。慌てて友人が叫ぶ。

「栗林? どこ行く気だよ。何考えてんだお前!」

「ちょっと追いかけるだけ。怖そうだったらすぐ逃げる」

「はあ? 追いかけるって――え、鮫島くんを? なんでっ?」

「好奇心っ!」

 叫び、梨太はすぐに駆け出した。

 友人はもうそれ以上、梨太を引き留めはしなかった。彼は三年近い付き合いで、梨太の特性を知っている。


「……ま、ああいうのが、成績学年トップの源なんだろうね」

 適当な口調で呟いて、小さな背中が走り去っていくのを見送った。




 霞ヶ丘高校は、地方都市のベッドタウンにあった。

平和で賑やかな町である。

おせじにも都会とは言えないが、生きていくのに不自由はない、退屈な町。


観客でにぎわう裏門を突破すると、すぐ大通りになっていた。

見通しのいい道路を渡った先に、特徴的な後ろ姿を発見する。


(うわ、もうあんなとこに。歩くの早っ)


 梨太は慌てて、横断歩道へ駆けた。


 鮫島はしばらくまっすぐ道を行き、不意に細い路地へと入る。二十メートル程度の距離をあけ、梨太は小走りで追走した。

 何度も路地を曲がる。

 長身に漆黒の長ランという目立つ格好をしていた彼なのに、ふと気を抜くと、視界から消える。あわてて見回すと想定よりも遙かに遠いところにいた。

悠然と歩いているようにみえて、異常なまでに早足なのだ。


(……長い足だなあ)


 梨太は体操服の裾で汗をぬぐった。あっちは歩いているのに、こっちは小走りだなんて不公平だ。

 身長以上に股下の長さが違う。頭骨が小さく、頭身が高いのだ。


(どこまで行くんだろう……)


 学校を出てまだ五分ほど。しかしその早足ゆえに、思いのほか遠くまできてしまった。もうジュースを買いに出たとかいう距離ではない。

さすがに、梨太は不安になってきた。時間的には余裕があるが、いまはまだ体育祭の真っ最中。催事とはいえ、授業の一環である。あまり離れては補導されかねない。

しかし鮫島の歩く姿に、サボタージュの後ろめたさなどみじんもない。


やはり、不良なのだろうか。


 鮫島はとうとう、町の商店街まで到達。シャッター街を進み、またヒョイと細道のほうへ入っていく。

 梨太もその後へ飛び込んだ。


 さびれた商店街の裏路地は、なお薄暗く無気味であった。

 狭い空間で建物に囲まれ、不快な閉塞感に襲われる。

梨太は少しの間、空を見上げていた。


 時間にして数秒か。視線を前方に戻したとき、そこに鮫島の背中はなかった。

「ああっ。やばっ、また見失った」

 一人ごちる。と――


「おい」

 声は後ろからかかった



声の主は、梨太のすぐ後ろにいた。


 鮫島ではない。まったく知らない男だった。


 ……アオザイ、というのだろうか。どこかアジアの民族服に似た、奇妙な衣装を着ていた。

 襟の高い、白の貫頭衣を腰布でしばり、その下にはゆったりした長袖長ズボン。そこにまったく不似合いないかついブーツ。

季節はずれも甚だしいニット帽にサングラス。

左耳に光る、翡翠色のピアス。


上から下までちぐはぐな格好である。

梨太とそれほど変わらない年齢に見えた。サングラスでわかりにくいけど、せいぜい二十歳か――


 男が、厚みのある唇をゆがめて言った。

「お前。いまあの人をつけていただろう」

 梨太はあわてて首を振った。

「あ、えっと。はい、あの、僕は」

「自分から接触してくるとはいい度胸だ。仲間と挟み撃ちにしたつもりか? おあいにくさま」


 梨太は眉を寄せた。

「……なんの話?」

「ラトキアの騎士をなめるのも、たいがいにしやがれってんだよっ!」

 男は叫びながら、右手をふりかぶった。握られているのは漆黒の――

(――刀っ!?)

「うわぁっ!」

 重い武器が空気を割く。梨太はとっさに身をかわしたが、男は即座に武器を翻し、今度は横薙ぎに疾らせた。のけぞった腹をかすり、体操服が剣圧でよじれる。

「すばしっこいじゃねえか」

 残忍な笑みを浮かべる男。梨太は改めて、自分の腹部と相手の武器を観察した。


 刀にしては、ひどく短い。大ぶりの包丁、あるいはダガーナイフと呼ばれるものか。しかしやや反り返った刀身からの印象が日本刀によく似ていた。

 刃、ではない。柄から先端までおなじ、艶のない漆黒で、全く研がれてはいなかった。その証拠に、かすったはずの服に傷みはない。

 ゴムか木でできた、子供用のチャンバラおもちゃ――地面に転がっているのでも見つけたら、梨太はそう思っただろう。

 だが今、ぎらつく悪意を隠そうとせず向かってくる男の手にある武器に、なんら殺傷力がないとは思えなかった。


「ええとその――……どうも、すみませんでしたっ!」


 梨太は喚き、迷うことなく身を翻した。路地の奥へと全力で駆け抜ける。いきなり逃げ出され、襲撃者がオッと面白そうな声を上げる。


「団長っ! そっちに行きますよー!」


(団長?)


「了解」

 という声は、なぜか天から聞こえた。


 そして次の瞬間、梨太は地面にべちゃりと屈した。なんの痛みもなかったが、急に背中が重くなり身を起こせない。

はいつくばったまま首をよじると、学ランの黒い裾が見える。

そして背中に、鮫島がいた。

「さ、鮫島くん……?」

 梨太の背に片膝をつき、体重を乗せている。それだけなのだが、全く動けない。呼吸が苦しくないのが不思議なくらいだ。

大声を出そうとしたが、なぜか掠れた呟きにしかならない。現状況がわからなさすぎて、梨太はなんだか、可笑しくなった。


「確保。このまま手錠を、犬居」

「はい団長」

 鮫島の言葉に、犬居と呼ばれた男が従う。その作業は手早く、慣れたものだった。どう考えても尋常な高校生とそのお友達ではない。


 がちん、と、金属音。後ろ手に手錠が掛けられたのだ。

(――ええっ?)

 施錠が済むと、鮫島は立ち上がり解放した。しゃべれるようになったとたん、梨太は慌てて弁解する。


「な、なにこれ! 手錠? 確保? どういうことだよ! 僕が何したっての! てかあんたたち何? なんとか騎士……団長って!?」

「おいおい、まだとぼけるか。今更きくわけねえだろ。おとなしくお縄につけ、テロリスト」

「テロぉ!?」


「……私立霞ヶ丘高等学校の運動着だな」

 鮫島が呟く。犬居が眉をあげた。


「霞ヶ丘? それって団長の?」

「今日は体育祭というやつだった。俺はこんな格好をさせられたが、本来はこういう服装で運動を行う」

 サングラスの男が、ふうんと興味の薄い相槌をうつ。

「じゃあまあ一区切りですかね。しかしずいぶんガキっぽいのがいたもんだな、たしか連中に未成年はいなかったですよね? うまいこと高校生に化けたもんだ。むしろそれ以下に見える」

「う。ちょっと気にしてるのに」

 梨太のぼやきは聞いてもらえない。


 二人は梨太の肩を引いて座らせると、犬居が腰を落として覗き込んだ。逃走を防ぐためか、路地をふさぐ側に鮫島が立つ。尋問だ。


(……なにこれどうしよう)


 ちらりと、鮫島の方を見上げる。

 無表情、である。

 梨太は、こんなにも表情のない人間の顔というのを初めて見た。

 サイボーグなんじゃないかという、友人の揶揄が頭をよぎる。

 もちろん、そんなわけがない。梨太はなんとか、彼の顔から、状況を読み取ろうと凝視した。

 冷たい地面に尻をつけたまま、見上げる。


 間近でじっと、その顔を見つめて――


(……きれいな人だ)

 そう思った。


 背丈は、百八十を少し上回るくらいか。遠目にはもっと大柄に見えた気がしたが、今時の男子高校生から逸脱しているということはない。

騎馬戦のためだけに用意された、時代錯誤な衣装がやけに似合う。

詰襟のかげに、犬居と同じ翡翠色のピアスが見えた。細い横顔によく映える。


 端正な顔立ち、透き通るような白い肌に繊細な細い顎。鼻が高い。横から見るとよくわかる。しかしそれは、眉間から直後に鼻骨が始まり、鼻先までほとんどカーブがない。日本人ではあまり見かけない骨格をしているようだった。


 もしかしたら本当に外国の血が入っているのかもしれない。そういえばなんとなく瞳も、蒼みがかっているような――


「おい、おい! 聞いてんのかてめえ。名前を言えっていってんだよ!」

 突如脳をつんざくダミ声。


 うるせえなあこの犬野郎と胡乱な目つきで男の方に顔をやり、そして、梨太は大きな声を上げた。

 男、犬居がサングラスと帽子をはずしていた。意外と愛嬌のある顔立ち――あらわれた髪と、瞳が、赤!


「うわっ、真っ赤っ?」

「……悪かったね、俺はスラムの生まれだよ。今の騎士団には珍しくねえぜ」


 そういう彼の素顔には、鮫島と通じるものが感じられる。顔がたちそのものは全く似ていないが、どこかに鮫島とおなじ民族を感じるのだ。複数人になるとなおわかる。日本人ではない。


 梨太の反応に、二人は何か違和感を覚えたようだった。

お互いの顔を見合わせ、眉を寄せる。

「……名前は?」

 今度は鮫島が聞いてきた。梨太は体ごと彼の方を向き直る。

「栗林梨太。二年六組……あの、初めまして、鮫島くん」

 鮫島は表情を変えない。「なんで団長には素直に答えるんだよ」と毒づく犬居。彼は赤い髪をかきむしると、ふと気が付いたように、突然ウゲっと呻いた。

「まてよ、あそこは男しか入れない学校じゃなかったか? じゃあこれ、男? まじかよ! 気持ち悪!」

 梨太は額をぴくりと痙攣させ、犬居にベェと長い舌を出した。


 しかし団長って何だろう。体育祭の応援団長ではあるまい。この人たちはいったい。


「てめえテロリストじゃないってんなら、いったい何者だ?」

 梨太の疑問を逆にかけられる。

「えと、ごくふつうの、高校生だけど」

「だったらなんで団長、鮫島さんをつけていた?」

「あ、そうそれ。ねえねえ鮫島くん、それってなんの団体の」

「俺が尋問してんだ! 質問で返すなバカ野郎!」

「うっさ。もう、いちいち大声出さないでよ、こんな近くにいるんだから。僕は犬好きだけどもどっちかというと大型犬派。ギャンギャン吠えるのは嫌いなんだ。ちょっと黙っててくれないかな」

「てめえこのガキ」

 ぶるぶる拳をふるわせる犬居。感情の変化が豊かな人物である。


 対して、鮫島はさっきからほとんど話しもしない。しかし事前に想像していたよりも、ずっと柔らかい声だった。騎馬戦での勇姿からはかけ離れた優しい声。もっと聞きたいと思わせられる。


 後ろ手の錠にすこし苦労して、梨太はなんとか立ち上がった。二歩、歩み寄ると、息が届くほど近くに寄ることができる。鮫島の背丈は、梨太よりも頭一つ高い。


 近づいた梨太を、感情のこもらない瞳で見下ろす鮫島。このひとはもしかして精巧なロボットなのではないだろうか。一瞬そんな妄想にかられて、梨太は鮫島の視線に真っ正面から合わせた。そして、言う。


「あの、鮫島くん、おっぱいあるって本当?」


「……んぅ?」

 彼はなんだか可愛い声を出した。



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