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『久々のチクリ光線?』 管理人側視点

「あれっ?」

 つぶやくような声に振り向くと、フォークを持ったまま固まったようになっているシロワンミ氏の姿があった。

 異物混入? 

 一瞬、そんな考えが浮かんだ。でも横顔を見る限り、そうではなさそうだ。初対面の彼に過敏に反応した自分に、ツッコミを入れた。

 他人のことは気にせずに、食べることに集中しましょうね。

 そのあと視線を戻そうとしたとき、彼と目が合った。

 ばつの悪さをごまかすために、僕はつい余計な質問をしてしまった。

「何を考えているんですか?」

「いえ、別になにも……」

 シロワンミ氏は、作り笑いのようなものを浮かべてそういったあと、何かを確認するような目で、自分のテーブルの下を覗き込んだ。

 そこで反射的に浮かんできたのが、グリンピースの脱走。

 ケチャップで炒めたナポリタンには、色鮮やかなグリンピースが彩を添えていた。たぶん、その中の一粒が、皿から飛び出したのだ。彼はいま、その処理をどうしようかと悩んでいるところ……

 まあ、僕の発想は、いつもその程度。

 そんなもの、ほっとけばいいでしょ、シロワンミさん。誰かが踏んづけたとしても、転んでけがする心配はないし……

 心の中でそんなことをつぶやきながら、体を傾けてテーブルの下を確認してみた。でも、ぴかぴかに磨かれた床の上に、それらしきものは転がっていなかった。

「どうかなさったんですか?」

 僕たちの動きが気になったのか、カモシンが声をかけてきた。

「あ、いや、別になにも……」

 あわてて顔をあげたシロワンミ氏は、先ほどと同じようなセリフを口にしただけで、再び食事に取りかかった。

これだけなら、何ということもない話。しかしこれには、つづきがあるのだ。

 二人目はガウチ。

 食後のコーヒーを飲み終え、カップを皿に戻したところで「あっ」といったまま動きを止めたのだ。

「どうしたの?」

 ベッキーの問いかけに、答えが返ってきたのは、それから十秒ほど後のこと。

「あれよ。あれ、あれ」

 ガウチはテーブルに視線を置いたまま、そういった。

「なによ、あれって」

 口を尖らせたベッキーは、ガウチの顔を覗き込んだ。

 しかしガウチはそれを無視するように、ゆっくりとした動作で、テーブルに身を乗り出すと、僕に向かって意味ありげな笑みを浮かべた。

「わかっていますよ、ちぎれ雲さん」

「え? 何がですか?」

 状況が掴めない僕には、そう返すのが精いっぱいだった。

 するとガウチは、僕を横目で睨むようにして、シロワンミ氏に声をかけた。

「もしかすると、シロワンミさんも、つま先だったんじゃないんですか?」

 しかし声が小さかったからか、シロワンミ氏には、よく聞き取れなかったらしい。

「すみません」シロワンミ氏は、恐縮したような声でいった。

「もう一度、お願いします」

 そこで真顔になったガウチは、シロワンミ氏を見つめた。

「先ほど足元を見ていらっしゃったようですが、つま先が温かくなったんじゃないんですか?」

「ど、どうして、それを?」

 驚いたような声に、ガウチは柔らかな笑みを浮かべた。

「いま、わたしのつま先にも、そのような現象が起きているんです」

 それからガウチは、僕に視線を戻すと、言葉を切るようにして、付け加えた。

「わたしたち、それを、チクリ光線と、呼んでおります」


 それからしばらくの間、僕とガウチのあいだで、答の出ない押し問答が繰り返された。

「何をなさったんですか、ちぎれ雲さん」

「何も、していません」

「この際、正直に話してくださいませんか」

「だからいったでしょう。何もしていないって」

「もうバレバレですよ、ちぎれ雲さん」

「だって、皆さんに教えてもらったんですよ、チクリ光線は。僕が知っているのは、チクリは僕のアパートの方から。チクリは不快感を与えない。これぐらいです」

 そのようなやりとりがつづいたあと、ガウチは、思い出したようにシロワンミ氏に訊ねた。

「どのような温かさだったんですか?」

 突然の指名に、僕たちの様子を眺めていた彼は、戸惑ったような表情になった。

「そうですねぇ……」言葉に詰まったのか、体を捻じるようにして、テーブルの下を覗き込んだ。そして「なにしろ、ほんの数秒のことでしたから……」といいながら顔をあげると、小首を傾げるような仕草をみせた。

「どういえばいいんでしょうね……ぬるめの、足湯に入っているような感じ……かな?」

 と、ガウチの目に、好奇の色が浮かぶのが見えた。彼女は一拍ほどの間を置いた後、テーブルに身を乗り出した。

「で、いまは、どうなんですか?」

 ガウチの視線に押されたのか、シロワンミ氏は少し身を引いた。

「え、いま、ですか?」

 慌てた声でそういって、もう一度テーブルの下を覗き込む姿勢を見せたシロワンミ氏は、なぜかその途中で不思議そうな表情を浮かべて「あれっ?」といった。

「いつの間にか、からだの血の巡りが……」といったところで、何を思ったのか、彼は突然僕に向かって、深々と頭を下げた。

「ちぎれ雲さんのおかげで、冷え性とさよならできそうです」

 冗談じゃない。お辞儀までされると、シャレにならない。

 チクリ光線の言葉のキャッチボールは、我々の出会いを盛り上げるための余興のようなもの。僕には透視能力がある。あのバカげた話を引き受けたのも、その一環。

 ま、何はともあれ、彼の誤解を解いてやろう。

「申し上げます。わたくしに、そのような力はございません」

 僕としては、年上の人に対する言葉遣いのつもりだった。でも彼はそれを、僕の照れ隠しのジョークと受け取ったらしい。

「ありがとうございます」嬉しそうな声でいうと、自分の左肩から腰のあたりを手のひらで撫でながら、こんなことをいいはじめた。

「ということは、左側だけがほんのり温かくなったのも、ちぎれ雲さんのご威光のおかげだったわけですね」

 呆れるより先に、体中の力が抜け、僕は思わず椅子にもたれかかった。

「ご威光? この僕に、ご威光?」

 笑いながらいったにもかかわらず、彼は真剣な表情で「それ以外の言葉は思いつきません」といった。

「ちぎれ雲さんが、こちらに向かってこられたとき、おてんとうさまの光が当たっているような感じがしたんです」

確かに僕の座席は、彼の左側。でも……といったものの、そのあと何をいえばいいのか、わからなくなった。

 ふと顔をあげると、バーシュウレインの三人が、クスクス笑いながら僕を眺めていた。

 予想はついていたが、試しに訊いてみた。

「まさか、ガウチさんも?」

 ガウチは、にこっとほほ笑んだ。

「おかげさまで、心もからだもポッカポカ」

 幸せそうな笑顔で、自分を抱きしめるような仕草をしてみせるガウチに、ついつられて笑ってしまったとき、ここは妥協することに決めた。

 仮に、ガウチとシロワンミ氏に、僕の何かが作用していたとしても、ふたりに迷惑をかけたわけじゃない。

「あのう」

 僕は、熱いまなざしをこちらに向けたままのシロワンミ氏に呼びかけた。

「そろそろ、先ほどの話のつづきを聞かせてもらえませんか?」



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