それはまるで尋問のように
すっかり暗くなる前に、ランプの蝋燭に火を入れる。
いつもは必要最低限しか火をつけないが、今日は来客がいるために燭台の数を増やした。
なんだか見栄を張っているようで恥ずかしいが、はじめての客人に不自由をさせたくなかった。
キッチンで鹿肉を煮ている間に、アンネリーゼは汚れてしまった服を脱いで、新しい服に着替える。
パーシヴァルの脱いだ服と自分のものを丁寧に洗濯して、二階にあるベランダに干した。
今日はよく晴れており、空には星が零れ落ちてきそうなほどに輝いている。
雨は降らないはずだ。洗濯物は外に干していても大丈夫だろう。
アンネリーゼは深く息をつく。なんだか妙な感じだ。父と母以外の人間がこの家にいることが信じられない。
変わらない毎日の中で、ずっと一人だと──思い込んでいたのに。
パーシヴァルの様子を見に戻ると、彼はゆったりとしたケイオスのズボンに履き替えている。裾が足りないのは彼の足が長いせいだ。
懐かしさを感じる。ケイオスは体を締め付ける服が嫌いだった。
夏はよく上半身裸で過ごして、『アンネリーゼに見せないで、恥ずかしい』と母に怒られていた。
アンネリーゼが近づいていくと、パーシヴァルはすぐに気配に気づいたのだろう、視線を向ける。
「パーシヴァルさん、お湯を沸かしました。体が冷えるといけませんから、こちらに。セゾンリーブスの秋は冷えますから」
立ちあがるのは大変だろうと、アンネリーゼは彼に手を貸した。
彼は素直にアンネリーゼの手を取る。皮があつい、武器を持つ人の手だ。
「痛くありませんか?」
「たいした怪我でもない」
「川に落ちて流されたのですよね?」
「打ち所がよかったのだろうな。悪運が、強い。昔から」
「運がよいのはいいことです。危ないことがないのが一番ですが、怪我が軽くてなによりでした」
アンネリーゼの肩に掴まり、パーシヴァルは歩く。その手はアンネリーゼの華奢な肩をすっかり包んでしまうぐらいに大きい。
頭一つ分以上背の高いパーシヴァルを軽く支えながら、アンネリーゼは彼を玄関から入ってすぐにあるリビングルームに通した。
古びたソファには、黒いドレスが雑に丸まっている。彼をソファに座らせると、アンネリーゼはドレスを抱える。
「それは」
「これは、魔女の衣装です。街で商売するときに着ています。そのほうが、薬の効果が高いように感じられるので薬がよく売れるのですよ」
「なるほど。それで、お前は魔女、と。あえて魔女を演じているのか。顔を隠すヴェールもあるようだが、誰かから身を隠す必要でも?」
まるで尋問だ。矢継ぎ早に尋ねられて、アンネリーゼは唇をきゅっと結んだ。
確かに、彼の言う通りアンネリーゼは怪しい。
ヴェールで顔を隠しているような女には誰も近づかない。
「誰かから隠れているわけではありませんが、顔を隠していたほうが、安全なのです」
若い女が身を守るためにそれは必要なことだと説明したが、彼は納得していないようだった。
「お前には、なにか人に言えない事情があるのではないか」
アンネリーゼは首を振る。そんなものはない。でもどうしたら彼に信用されるのかがわからない。
それに、彼は自分のことを話そうとしない。
やはり、兵士なのかもしれない。声を荒げているわけではないが迫力のある口調は、尋問慣れしているもののように感じられる。
「私を怪しむ気持ちはわかります。私たち家族は、街の人々にとっては異端です。セゾンリーブスに住む者なんて、ワーグナー家のほかにいません。父は猟師で、母は薬師でした。森の恵みで生活しています。先祖代々そうなのです」
パーシヴァルに質問されて、アンネリーゼの脳裏に幼いころの記憶が蘇ってくる。
アンネリーゼの覚えている一番古い記憶は──八歳か、九歳ごろだろうか。
母に抱かれて、震えていた。とても怖い夢を見たのだ。
セゾンリーブスの森林が焼ける夢だ。その日、アンネリーゼは泣きじゃくり震えながら母に一日中しがみついていた。
彼女はアンネリーゼの髪を撫でながら「大丈夫、大丈夫ですよ」と、言い続けていた。
アンネリーゼの記憶の中では、ワーグナーの家族は両親とアンネリーゼの三人だけ。
両親には子供がアンネリーゼ一人きりで、祖父母はすでに亡くなっていたように思う。
三人での静かな暮らしだ。
アンネリーゼは今までのワーグナーの子供がそうであるように、ケイオスからは狩猟を学び、アンネマリーからは薬づくりを学んだ。
「つまり、お前は生まれてからずっとこの森に?」
「ええ、そうです。そうだと言っていますよ、私は最初からずっと」
疑いすぎだと咎めるように言って、アンネリーゼは微笑んだ。
パーシヴァルはなにか言いたげな視線をアンネリーゼに向けていたが、結局腕を組んで、むっつりと押し黙った。
「お湯を持ってきますね」
これ以上はなにも言うことがみつからない。アンネリーゼは会話をきりあげて、沸かしておいた湯を、パーシヴァルの元に運ぶ。
彼は清潔な布を湯に浸して絞ると、顔や髪を拭き始める。
アンネリーゼは調理場に戻ると、鹿肉のスープの仕上げにとりかかった。




