↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【全年齢版】あなたの愛は、きっと私のものじゃない  作者: 束原ミヤコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/17

遭難者


 

 妙な沈黙が、玄関を支配する。日が陰り始めている。はやく蝋燭に火をともさないと、光源のないこの場所では月明りのみが頼りになってしまう。


「……足は、動きますか?」


 アンネリーゼの声が、沈黙を破る。自分の家の中で、その声は妙に白々しく響いた。

 男がここにいるというだけで、自分の家が自分の家ではなくなってしまうかのようだ。


「……あぁ。折れてはいない。痛みがある。捻ったのだろう」


 返答はないかと思ったが、男は明瞭な口調でそう言った。

 捻ったのだろう右足を持ちあげてみせてくれる。


「ご自分で、わかるのですか?」

「自分の体ぐらいは、自分でわかる」


 だとしても、普通は痛みや怪我におびえて、そこまで冷静に把握はできないだろう。

 男は、日常的に怪我をするか、体を使う仕事をしているのかもしれない。

 体に古傷があるのだから、戦う仕事だろうか。

 セゾンリーブスの街にも、ラングフォード皇国から派兵された兵士がいる。そのうちの一人かもしれない。


 ラングフォード皇国の人々と、トルクメニアの人々には身体的特徴における変わりはない。言語も同じだ。これは元々両国の関係が良好で、互いの国の人々が交流していたからであると、吟遊詩人がいつか歌っていたことを思い出す。


 彼がラングフォードの兵士だとしても、アンネリーゼにはトルクメニア人との見分けがつかない。


「──森で迷った。水を飲もうとして、川に落ちて流された。死んだと考えていたが、俺はどうやら悪運が強い。死んでも、よかったのだがな」


 皮肉げに、彼は言う。

 本当に死んでもいいと思っているような口調だ。

 アンネリーゼは、体が熱くなるような怒りを感じる。

 彼の言葉に、両親の死が重なる。生きたくても、それができない人もいるのだ。


「本当に、死んでいるところだったのですよ。セゾンリーブス大森林は危険な場所です。森の奥に一人で入っていくなんて、死にに行くようなものです」


 やや強い口調になってしまったことに、アンネリーゼは自分でも驚いた。


「あなたが無事で、よかった」


 とりなすように、本心を伝える。

 それから包帯と添え木を救急箱からとりだして、彼の足首を確認する。そこは確かに赤く腫れている。

 アンネリーゼは余計なことを言わないようにするために、黙々と足首を添え木で固定した。あとは痛み止めを飲んで休めば、数日で元どおりに動けるようになるはずだ。


 頭の傷も軟膏を塗り、傷が開かないように包帯を巻く。

 包帯を巻き終えると、ぐぅ、と、どこか間の抜けた音が聞こえた。


 まじまじと男に視線を送る。彼は照れたように、視線を逸らした。


「……数日、食べていない」

「では、スープを作りましょう」


 手負いの獣も人間らしいところがあるものだ。

 アンネリーゼは彼を安心させるために、にっこりと微笑んだ。


「着替えはここに置いておきます。自分でできますか?」

「あぁ」

「あなたの、名前は?」


 彼はなにかを考えこむように、しばらく黙っていた。

 それから、「パーシヴァル」と、一言口にした。

 アンネリーゼは一瞬の沈黙のあとに、首を傾げる。


 その名は知っている。今日、街で聞いたばかりの皇帝の名だ。


 ずいぶん偶然だとアンネリーゼは驚いた。

 まさか、本人などということはあり得ないだろう。こんなところにラングフォードの皇帝がいるはずがない。


「はじめまして、パーシヴァルさん。ラングフォード皇帝陛下と同じ名前なのですね」


 パーシヴァルはわずかに目を細めた。


「そうだな」


 その声は低く、感情が読めない。

 アンネリーゼはくすりと笑った。


「皇帝陛下と会うことなんて、ありえませんものね。吟遊詩人さんも、皇帝が街を歩いているわけがないって言っていました」


 そう言いながらも、ふと胸の奥に小さなざわめきを感じた。


(……真紅の瞳。ラングフォードの皇帝は、血の皇帝と呼ばれている。でも、ただの偶然よね)


 なにか──心の奥にひっかかるものがある。

 けれど、結局その違和感は形にならなかった。

 きっと、皇帝と同じ名の男を助けたという偶然に、不可思議さを感じただけだ。


「あらためて自己紹介を。私はアンネリーゼ・ワーグナー。森の魔女と呼ばれていますが、ただの一人暮らしの薬師です」


 もう一度挨拶をして、アンネリーゼは軽く礼をした。

 彼は訝し気に眉を寄せて、それから「アンネリーゼ、か」と、小さな声で呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。