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【全年齢版】あなたの愛は、きっと私のものじゃない  作者: 束原ミヤコ


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婚礼準備


 

 白い繊細なレースの手袋に、胸の下で切り替えのはいった白いドレス。

 光沢のあるスカート生地は、ひとりでは歩けないぐらいに長くのびている。首筋から胸元は雪の結晶のような首飾りで飾られて、アンネリーゼは純白と銀で全身を包まれている。

 ティアラの、大粒の赤い雫型の宝石だけが赤く輝いている。


「美しいな、アン」

「ありがとうございます。私にはもったいない気もしますが、本当に綺麗につくっていただいて、感謝しています」

「もったいないなんて! 皇帝陛下の婚礼はとても大切なものです。アンネリーゼ様には誰よりも美しく、着飾っていただかないといけません。もちろんアンネリーゼ様は、着飾らなくても誰よりも美しいですが」


 婚礼衣装姿のアンネリーゼをパーシヴァルが褒め、ランディスが熱弁する。

 蒼月宮は後宮と呼ばれる場所のために、基本的には侍女と選ばれたもののみが入ることができる。

 仕立て屋は入ることができない。それなので、城の支度室で衣装合わせをしていた。

 ミドラー夫人とレイチェル、そしてイライザが相談し合い、ラングフォードの最先端の流行を取りいれてデザインしたドレスだ。

 アンネリーゼは衣服のことはよくわからないので、彼女たちがいてくれてとても助かった。


『陛下にはしばらく我慢をしていただかないといけませんわ』


 アンネリーゼは支度室の鏡に映る自分を見つめながら、ドレスのデザインをアンネリーゼに見せながら、ミドラー夫人が言っていたことを思い出す。


『とくに首筋、腕はいけません。見える場所に跡を残すのは駄目だと、アンネリーゼ様からも伝えてください』


 生真面目な声音で、イライザも言う。冗談を言わず笑うことも少ない女性なのできつい印象を持たれがちだが、真っすぐな人だ。

 アンネリーゼのことを認めてからは、臣下の礼を尽くしながらも、ときに友人のように、そして姉のようにアンネリーゼを支えてくれている。


『お兄様、待てができるかしら』


 レイチェルがため息交じりに言った。躾けの悪い犬に対して心配しているような言いかただ。パーシヴァルに対しての思慕や依存はなくなっている。

 今はアンネリーゼと共に、ミドラー夫人の授業を熱心に受けていて、我儘も言わなくなった。嫁ぎ先をランディスが探しているというのが、彼女の目下の悩みである。


『アンネリーゼ様が、駄目ですと言ったら、よけいに跡をのこしそうです』

『情熱的ですわね。わたくしも、夫のことを思い出しますわ』

『その話はあまり聞きたくないのですが』

『まぁ! わたくしも若い時代がありましたのよ』


 イライザとミドラー夫人のやりとりに、アンネリーゼは肩を震わせて笑った。

 でも確かに皆の言う通り首筋や肩が見えるドレスで、赤い印が残っているのはよくないだろう。パーシヴァルとは何度も体を重ねているが、花嫁は純潔でなくてはいけないと──一応、名目上は、定められている。


「パーシヴァル様はラングフォードの悩みの種だった近隣の小国を平定した偉大な皇帝陛下です。アンネリーゼ様は、亡国の姫リゼット様。そして、ラングフォードの民を熱病から救いました。二人の婚礼ほど喜ばしく、民の気持ちが高まるものはありません。かつての皇帝で、婚礼の儀式は一番長くて一か月。此度はそれ以上に続けたいと思っていますが」


 ランディスが早口で言う。口調は淡々としているのに、話し始めると熱がこもり長くなる。彼をよく理解しているフュリアが「ランディス様、落ち着いてください」と、彼をなだめた。


「私は落ち着いている、フュリア。パーシヴァル様は、即位されてからずっと戦場にいたのだ。無論私も軍師として同行していたが、その間にニコル派の貴族たちが国を乱した。まったく嘆かわしいことに。民はニコル派の貴族の重税に苦しみ、皇帝家に対する不信は未だ残っている。ニコル派の討伐でも血が流れ──その後、パーシヴァル様は城からいなくなった。私は、隠棲を決め込んでいるアルバート様を引っ張り出してきて、なんとか国を安定させるのに必死だったのだ」

「苦労をかけたな」

「パーシヴァル様のためなら、このランディス、苦労を苦労とは思いません。ですが、婚礼の儀式を華やかに行うことは、民の希望となるでしょう。祝いを行い、争いの時代は終わったのだと感じることができるのです」


 パーシヴァルに労われ、ランディスは嬉しそうに笑う。そして、両手を広げて少々大げさな仕草で続ける。


「ですから、二か月。二か月、祝祭を続けましょう」

「あの……ランディス様」


 アンネリーゼは遠慮がちに彼に声をかけた。


「はい。アンネリーゼ様、なんなりと」

「多くの民は、戦争や搾取で疲弊しているのではないでしょうか。セゾンリーブスの人々もそうでした。ルドベキアの統治時代は、皆が苦しんでいました。だから、可能な限り質素に……とまではいいませんが、もしできることなら、二か月もの婚礼の祝いにかかる費用を使って、民が少しでもゆとりのある暮らしができるよう、援助していただきたいのです」

「な、なんと……」

「ごめんなさい。余計なことでしたでしょうか」

「い、いえ! トルクメニアの姫に失礼があったらいけないと躍起になっていましたが、なんと……清廉な方なのでしょう。なるほど、確かにそうかもしれません。計画を練り直してきましょう」

「それがいいですよ、ランディス様」


 アンネリーゼの指摘に、ランディスは何度も頷く。フュリアも安堵したように、アンネリーゼに同意してくれた。


「祝いは、一日だけでいい。ただし、婚礼の儀式のあとに、俺はアンとの初夜でしばらく別邸に行く。期間は一週間ほど。最低限の侍女と護衛だけでいい。どちらも、本当は不要だが、そういうわけにもいかないだろう。手配をしておけ、ランディス」

「別邸というと、海辺の? それとも湖畔の?」

「アンは、海を見たことは?」

「ありません」

「では、海のほうがいい」

「かしこまりました」


 ランディスが礼をして退室し、フュリアも「ドレスを脱ぐときはお呼びください」と言って、礼をして出ていく。


 二人きりになり、パーシヴァルはアンネリーゼの両手を握る。

 なにか言いたげな緋色を見あげて、アンネリーゼは「いけませんよ」と、小さな声で言った。


「……触れたい」

「婚礼の儀式が終わったら、たくさん……してください」

「拷問だ」

「パーシヴァル様、跡が残るといけません。それに、儀式の前は清らかでいないといけないと、マダムが言っていました」

「そんな慣例はない」

「それはパーシヴァル様がご存じないだけです。本来は、きちんと婚礼の儀式を済ませてから、初夜になるのですよ。先に……体を重ねてはいけないのです。ですから、ね。いい子にしていてください」


 ミドラー夫人に注意されてから、アンネリーゼは彼女の教えを忠実に守っている。

 儀式前は清らかでなくてはいけない──というのは、本当だ。

 皇帝の婚礼とは、ラングフォードの神に誓うものである。アンネリーゼはもう純潔ではないが、儀式の一週間前からは身ぎれいにしておく必要がある。

 パーシヴァルに伝えると、彼は我慢してくれるようになった。

 だが、たびたびこうして、アンネリーゼを甘く誘惑してくる。触れたいのは同じだけれど、彼は跡を残すことを好んでいる。

 体を重ねてしまえば、きっとそれを耐えることはできないだろう。


「儀式のあと……純白のドレスが使い物にならなくなるまで、お前を抱く」

「……っ、はい、あなたの望むままに」

「別邸の部屋から、外に出さない」

「海を見るのでしょう?」

「冬の海は寒い。部屋から見ればいい」


 我儘な子供のようなことを言う彼の首に腕を回して、アンネリーゼは笑う。

 触れるだけの口づけが徐々に激しくなっていくのを、彼の髪を引っ張って咎めた。


「だめ、です。パーシヴァル様、もう、おしまい……」

「アン」


 唇が重なり何度か啄まれ、次第に深くなっていく。

 長い口づけのあと、パーシヴァルはようやく体を離して、苦しそうに息をつく。


「足りないな、これだけでは」

「あまりなさると、私がマダムに怒られます。夫を諫めるのも、妻の役目なのだそうですよ。だから、もう駄目です」

「駄目と言われると、ひどく泣かせたくなる。もう何日も、気が遠くなるほどにお前に触れていない。ようやく……愛し合うことができるようになったのに、それは酷だとは思わないか?」

「血の皇帝は、女性を寄せ付けないと評判だったのでしょう?」

「それは今も変わらない。欲しいのはお前だけだ」


 彼はアンネリーゼの耳に唇を僅かに触れさせながら、「あと三日」と、密やかな声で言った。




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