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【全年齢版】あなたの愛は、きっと私のものじゃない  作者: 束原ミヤコ


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40/50

過去と今と、二人分



 顎を持ちあげられ、何度も角度を変えられながら深く激しく口づけられる。

 自分がリゼットだと思い出してから、はじめての口づけだ。

 それほど長い間、彼はアンネリーゼに触れなかった。

 リゼットだから、大切にしてくれている。きっとそれもあるだろう。だがそれ以上に彼は、アンネリーゼの心の傷を慮ってくれていたのかもしれない。

 

 傷つけないように、丁寧に慎重に扱ってくれていた。強引に抱かれた夜も、彼の熱に翻弄された日々も──彼の与えてくれるものはずっと優しかったのだ。

 そんな毎日を、アンネリーゼは心の奥では愛しく思っていた。彼の執着や情熱を向けられることに喜びを感じてしまっていた。

 

 それを認めず受け入れず、いつかは離れる日がくるのだと言い訳を繰り返していたアンネリーゼに、パーシヴァルはずっと気づいていたのだろう。

 パーシヴァルの心にささくれのような傷を、作り続けていた。


 でも、もう──そんなことはしなくていい。

 アンネリーゼは彼を受け入れていい。

 この感情を、否定する必要はもう、ない。


「お前と暮らした静かな日々に、久しく忘れていた安らぎを感じた。ただの兵士と嘘をついて、お前とずっとこの場所で暮らそうとさえ考えていたほどに。リゼットに恋をしたのは確かだ。彼女が大切だった。だが、俺が男として欲しいと思ったのはお前だ、アン」


 とろりと蕩けた瞳に、パーシヴァルの獰猛な瞳が映る。視線が絡み合う。

 もう一度、ゆっくりと唇が触れて、離れていく。彼の指がアンネリーゼの唇を優しく撫でる。


「リゼットの面影を求めていたが、リゼットは俺の記憶の中では、幼い少女のままだ。抱きたいとは思わない。体だけでも俺のものにしたい、心を堕としてしまいたいと感じたのは、お前にだけ。お前の名は、アンネリーゼだ」

「本当に……?」

「記憶を取り戻し混乱しているお前を、傷つけたくなかった。毎夜、耐えていた。お前に触れたいと考えない日はなかった。愛している、アン。愛しているから、抱きたい」

「パーシヴァル様、私……」


 彼の激しく狂おしい愛情が、血液のように体を巡る。

 瞳に涙の膜がはる。こんなに愛されていたのに、アンネリーゼは彼を疑ってばかりだった。

 それに、まだ告げていない。アンネリーゼは、彼に──心からの、気持ちを。

 伝えてしまえば、離れることができなくなるかもしれない。

 彼に溺れて、二度と自分の足で立ちあがることさえできなくなるかもしれない。


 けれど──それはきっと違うのだろう。その危惧は、根本が間違っている。

 愛することは弱くなることではない。

 誰かと共にいて、誰かを愛して、誰かのために生きるのは──強くなるということだ。

 両親はアンネリーゼを守ってくれた。

 アンネマリーとケイオスもまた、同じように。そこには両手では抱えきれないほどの愛があった。


 ひとりきりで閉じた世界でも幸福は得られるだろう。

 けれどアンネリーゼは、彼と、生きたい。

 名も知らぬ少女を犠牲にしてまで生き延びた身だ。

 その罪を抱えながら──せめて、誰かのために生きていきたい。

 暗い部屋で一人きりでうずくまっていては、なにも、できない。なにも変わらないのだから。


「私は、あなたが好き」


 不安にさせてしまった。苦しめてしまった。

 なによりも喪失を恐れている彼を、アンネリーゼは、ずっと。

 だから、伝えたい。心からの、嘘偽りない言葉を。


「本当は、恋をしていました。二人でここで暮らしたときに、あなたのことを好きになりました。あなたを知るほどに、私はあなたを……好きに。リゼットだったときも、アンネリーゼになってからも」


 幼い少女は淡い思慕を抱いた。城から逃げるときにも、彼からもらった宝物は、どうしても手放せなかった。

 孤独な森の魔女も、彼に惹かれた。その不器用な情熱を知るほどに、愛しさが募った。

 今なら、わかる。この感情は──。


「私は……あなたに、二度、恋を」


 パーシヴァルが息を呑む音が聞こえた。

 抱きしめる力が強くなる。痛いぐらいに強く、彼はアンネリーゼを抱いている。

 そうしないと、その両手からアンネリーゼが失われてしまうかのように。

 首筋に、彼は顔をうずめる。アンネリーゼは両手で金の髪を撫でて、目を伏せた。


「あなたは、昔も今も変わらない。リゼットのために怒り復讐を果たしましたが、トルクメニアのラングフォードの統治は正しいものです。民は、喜んでいます。ありがとう、パーシヴァル様。あなたがずっと清廉なままでいてくれて、嬉しい」


 復讐のためだった──と、彼は言う。

 しかし、トルクメニアの解放によって、多くのトルクメニア人が安心して暮らせるようになったのだ。

 復讐に目が眩んでいたら、その後の統治などひどいありさまになっていただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 彼は命などどうでもいいという。しかし根底にある彼の優しさや皇帝としての正しさは、失われていない。戦争は、リゼットのためだったのだろう。

 しかし、それだけではないのだ。彼は民のために戦い、弟皇子までその手にかけた。


「……清廉などではない。俺の手は、取り返しがつかないほどに血に染まっている」

「あなたの手は、民を守るためにある。本当はどうでもいいなんて、思っていないはずです。ラングフォードの民のために、弟殿下を処断する必要があったのでしょう。トルクメニアの民のために、この地をルドベキアの支配から解放してくださったのでしょう」


 アンネリーゼの中にいるリゼットが、アンネリーゼの中で一つになっていく。

 リゼットもまた、アンネリーゼの一部だ。リゼットとアンネリーゼ、二人分、彼を愛している。

 心の中のリゼットが、会えて嬉しいと、無邪気に喜んでいる。

 アンネリーゼも──彼と、セゾンリーブスで出会えてよかったと、心から思う。


「……アン、帰ろう。どの道、今日はもうラングフォードには戻れない。今すぐ、抱きたい。悪いが、清い少年のままではいられない」


 長い沈黙のあと、パーシヴァルは密やかな声で言う。その抑えた声音からは、激しい熱が滲んでいる。

 アンネリーゼは「私も」と、小さな声で呟いた。

 パーシヴァルの咽頭が大きく動くのを感じて、体の奥が切なく疼いた。




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