茶会の誘い
すっかり元気を取り戻したミドラー夫人が、勉強会に戻ってきた。
彼女が不在の間フュリアと共に貴族名鑑を読んだり、ダンスや立ち振る舞いの練習をしていたアンネリーゼは、彼女の快癒を喜んだ。
「アンネリーゼ様のおかげで、墓に入るのを免れましたわ。ランディスには、不死身のばあさんなどと言われましたのよ。わたくし、まだ五十歳ですわ。失礼な話でしてよ」
上品に怒っているミドラー夫人を、フュリアが「まぁまぁ、おばさま。ランディスは口が悪いのです」と宥めている。
「フュリアが甘やかすからです。責任をとって、あの子と結婚をしてちょうだい」
「従兄ですよ」
「従兄とは結婚できますわよ」
フュリアは困ったように笑う。そんなやりとりを、アンネリーゼは微笑ましく感じる。
今は亡き両親を思い出す。アンネリーゼの両親はそれほど賑やかなほうではなかった。
二人とも真面目で、アンネリーゼは大切に育てられたものの、笑い声が絶えない家、という印象はあまりない。
「マダムは、五十歳なのですか?」
「ええ、そうよ」
「とてもお若く見えます。私はまだ、四十歳ぐらいだと……」
「あら、嬉しいことを言ってくださいますわね。アンネリーゼ様の場合、お世辞を言われている気がしないのが嬉しいですわ」
「本当にそう思っています」
「あらまぁ、可愛らしい……! わたくし、やはり陛下にお伝えいたしますわ。アンネリーゼ様は、デュリエラ家の養子になるとよろしいのです。後ろ盾がないままでは、問題でしょうから」
「養子……?」
思わぬ言葉に、アンネリーゼは驚く。
時刻は昼下がり。午前中のダンスレッスンを終え、マナーを学びながら昼食を食べ終えたところだ。優しい光がさしこむサロンで、午後の授業の最中である。
傍に控えていたフュリアは知っていたのか、驚く様子はなく頷いた。
「陛下も色々と考えておいででしょうけれど……アンネリーゼ様の存在を快く思わない貴族は確かにいます。かつて血の粛清が起こったときに、ニコル様ではなく陛下を支持した貴族たちには野心がありました。娘を陛下に嫁がせたいと、希望しているのです」
「皇帝とは、何人もの妃を娶るものとマダムがおっしゃっていました。私とパーシヴァル様は身分が違いますから、皇紀様をほかに娶るのは、仕方のないことかと……」
アンネリーゼがそう口にすると、ミドラー夫人はとんでもないと首を振る。
「パーシヴァル様は、ルーテが傷つく姿を見ておりますわ。ですから今まで、女性を傍に近づけませんでしたのよ。わたくしが、余計なことをいいました。アンネリーゼ様を侮っていたのです。もうしわけありません」
「いえ、マダムには感謝しています」
「おばさまが余計なことを言うから、アンネリーゼ様が気にされているではありませんか。アンネリーゼ様、毎夜激しく求めるほどに陛下に愛されているのですから、自信をもってください」
「そうですわよ。深く愛を刻まれるのは女性の喜びです。その愛を成就させるために、わたくし……デュリエラ家がアンネリーゼ様の後ろ盾になろうかという話です。ランディスが義兄になってしまうのは嫌でしょうが」
「いえ、そんなことは……ランディス様には、お会いしたことがないのです」
ミドラー夫人とフュリアは顔を見合わせると「会わなくていいです」「会わなくていいですわ」と口をそろえて言った。
デュリエラ家は領地こそ持たないものの、古くから皇帝に仕えている名門である。
その家の養子になり、ミドラー夫人が後ろ盾になれば、文句を言う貴族もいなくなるだろう──と、フュリアやミドラー夫人が説明してくれる。
ありがたいと感じたものの、アンネリーゼはすぐに頷くことができなかった。
アンネリーゼは、ケイオスとアンネマリーの娘だ。形式上のことであっても、突然養子になるというのを受け入れることは難しい。
「まだ、正式な提案ではありませんわ。そうしようか、という相談です。そう急くこともないでしょう。陛下がご不在だった一か月の間に、やらなくてはならない仕事も溜まっています。建国の式典もありますしね」
「準備が大変なのですよね。国中の貴族たちが集まりますし。血の粛清以来ですから、暗い過去を払拭するために華やかに行うつもりだと、ランディス様も言っていました」
アンネリーゼも参加することになるだろう、ドレスの準備や、ダンスの練習をしなくてはと、ミドラー夫人はうきうきした様子で言う。
そんな話をしていると、マリーシャが遠慮がちに近づいてきた。
「どうしました、マリーシャ。陛下のお戻りにはまだ少し早い時間ですが」
フュリアが彼女に尋ねると、彼女はおずおずと口を開く。
「レイチェル様が、将来の義姉上様とぜひお茶会をしたいとおっしゃっています。アンネリーゼ様は外に出ることはできないとお伝えしたのですが、それならば自分がアンネリーゼ様の元に足を運ぶとおっしゃって……」
「レイチェル様が? あの子も少しは大人になったのかしら。自分からアンネリーゼ様と親しくなろうとするなんて」
ミドラー夫人が悩ましげに言う。
レイチェルに嫌われているとばかり思っていたアンネリーゼは、その誘いを嬉しく思う。
彼女もいろいろな事情を抱えている。唯一頼りにしていたパーシヴァルが、とられてしまったと感じて苛立っていたのだろう。
誰かに甘えたいのだと、ミドラー夫人は言っていた。
孤独を抱えて誰かに頼りたくなる気持ちは、アンネリーゼにもよくわかる。
「どうされますか、アンネリーゼ様」
「断る理由はありません。私もレイチェル様とお会いしたく思います」
「でしたら、わたくしも同席しますわ。あの子は侍女が気に入らないと言って辞めさせたり、護衛の兵に無理難題を押しつけたりと、困ったところがありますの。パーシヴァル様も手を焼いているのですわ。アンネリーゼ様の身になにかあったら、困りますから」
フュリアが傍にいて、ミドラー夫人が同席するということで話がまとまった。




